大阪大学(阪大)、理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の3者は10月6日、結晶の内部に存在する線状の格子欠陥、つまり結晶構造のズレである「転位」が物質固有の音速よりも速く伝播しうることを、理研のX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」において「X線ラジオグラフィ」により実証したことを共同で発表した。
同成果は、阪大大学院 工学研究科の片桐健登大学院生(現・米 スタンフォード大学 研究員)、同・尾崎典雅准教授、理研 放射光科学研究センターの宮西宏併研究員、JASRI XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループの籔内俊毅主席研究員を中心に、名古屋大学、量子科学技術研究開発機構、スタンフォード大、仏 エコール・ポリテクニーク、米 ローレンス・リバモア国立研究所、英国原子力公社などの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。
結晶は一般的に、雪の結晶のようなとても整ったきれいな構造をしているイメージがあるが、実はあらゆる結晶の中には、その構造のズレである転位が無数に存在している。結晶は外力を加えられると、特に金属の場合は、壊れずに塑性変形(物質に弾性限界を超える外力を加えた際に、物質中の転位が移動することで生じる永続的な変形)が生じる。結晶構造を保ったまま変形するこの機構には、原子レベルのズレである転位の伝播が重要な役割を果たしていることがわかっている。つまり、転位が結晶中をどのように伝播するのかを解明することは、物質材料の変形を正しく理解し制御する上で欠かせない知見だ。しかし、転位の伝播速度が、物質中を振動が伝わる速度である音速を超えるのか、という極めてシンプルな疑問に関しては未解決のままだったという。
この疑問に対しては、これまで数多くの理論・計算による研究が行われてきた。そうした先行研究の多くは、結晶中の転位の伝播速度は「横波の音速を超えない」としている(固体中の音速には一般的に、波の進行方向と媒質の運動(疎密)が平行な縦波音速と、垂直な横波音速が存在する)。
しかし、最近の理論および計算機による一部の研究は、転位が音速を超えて伝播する可能性を示唆しており、実験による検証が期待されていた。そこで研究チームは今回、パルス幅が2フェムト秒~10フェムト秒というSACLAのハイパワーレーザーを用いて、単結晶ダイヤモンドを高速変形させ、生成された積層欠陥の伸展をX線ラジオグラフィにより直接可視化したという。なおX線ラジオグラフィとは、試料にX線を透過させてその内部の様子を調べるためのイメージング観察手法で、フェムト秒パルスのX線自由電子レーザーを光源として用いることで、高速の転位の伝播を時間分解計測することが可能だ。
ダイヤモンドは最も硬い物質として知られるが、その一方で外力を受けた際に割れやすい(脆性)材料でもある。しかし、衝撃波による高速変形中の極めて短い時間内では塑性変形をしている。研究チームによれば、この塑性変形の領域で積層欠陥の端が伸展する速度は、転位の伝播する速度ということになるという。
今回の研究では、積層欠陥の高速な伸展を直接観察することで、単結晶ダイヤモンド中の転位が横波の音速よりも速く伝播していることを実証できたとのこと。高速で伝播する転位から連続的に新たな波が発生する様子も観察されるなど、複雑な固体の振る舞いについてさらに新しい知見が得られる可能性があるとし、今回の研究が実施された実験プラットフォームに期待が寄せられているとする。
また今回の成果は、高速な変形を受けた結晶の変形ダイナミクスを高精度にモデリングする上で重要となる。これにより、材料の基礎的な変形メカニズムに関する理解の深化をはじめ、大地震がもたらす破壊の予測や、宇宙空間などの極限環境下で用いられる防護壁の高性能化などへの応用が期待されるとしている。