「マーケティング」と言ってもその概念は幅広く、議論を重ねても話が平行線になってしまうことがある。なぜそんなことが起きるのかというと、「共通言語」が設定されていないためだ。
そこで活用したいのが、「パーセプションフロー・モデル」というマーケティングのフレームワークである。これは、P&Gに17年間在籍し、アリエールやファブリーズなど複数のブランドで市場創造やシェア回復を実現したことで知られる、クー・マーケティング・カンパニー代表の音部大輔氏が、自身の著書『The Art of Marketing マーケティングの技法』(発行:宣伝会議)で提唱しているマーケティング活動の全体設計図を描くための画期的な手法だ。
8月21日、22日に開催された「TECH+セミナー Marketing Days - 専門家とベンダーの対話~トップマーケターが語り合う BtoBマーケティング最前線~」に同氏が登壇。マーケティング活動において必要な共通言語の重要性と、それを共有できるパーセプションフロー・モデルについて解説した。
マーケティングプロジェクトで重要なのは「共通言語」を持つこと
音部氏は現在、多くの企業のマーケティング戦略立案や市場創造、イノベーション支援などを手がけるほか、マーケティング各賞の審査員やアドバイザリーボードなども務めている。言わばマーケティングのプロフェッショナルだ。
こうした経験を通して音部氏がまず語るのは「組織における成長とは何か」ということだ。
「成長とは、昨日できなかったことが明日できるようになることです。では、どうすればできるようになるのか。1つ目は、昨日は持っていなかった手段が手に入ること。組織で言えば新商品や新チャネルを手に入れることです。2つ目は、昨日は知らなかったやり方が分かること。これは知識を経験に変えることでできるようになります」(音部氏)
後者を言い換えるなら「ナレッジマネジメント」となる。組織に10人が所属しているなら、その組織には10人分の経験が蓄積されている可能性がある。経験が仮に1年で半分しか共有されていなくても、組織は5年分の成長が成し遂げられることになるわけだ。
ここで重要なのが「共通言語」だと音部氏は言う。
マーケティング業界には「戦略」「マーケティング」「ターゲット」「インサイト」「ブランド」など、ミーティングや商談の席で頻出する単語が数多く存在する。これらの単語について全員が同じように定義できていればスムーズにナレッジマネジメントを成功させられるが、言語の定義にズレがあると上手くいかないことが推測できる。
また、日々のマーケティング活動の中で、さまざまな概念が入り混じり、整理できていないこともある。マーケティングのプランニングを行う上で、「どんなタレントを使うのか」「価格はどうするか」などの個別の議論が各所で飛び交い、結果的にプロジェクトがスムーズに進行できないこともあるだろう。
この原因について音部氏は、「諸概念の順番や構造がきちんと整理されておらず、思い付いた順に議論の俎上に載せてしまっているからでは」と指摘する。
ブランドと消費者をつなぐための4P
では、これらの概念をどのように整理すれば良いのか。
ポイントは「ブランド」と、それを届ける相手である「ターゲット消費者」、そしてその間をつなぐ「4つのP」の関係を模式図で理解することだ。
まず、ブランドとは「ベネフィット(顧客にとって良い物)に立脚した意味」だと同氏は言う。ブランド名が既存の単語でも、新たに作られた造語であっても、名前に“特有の意味を付加する”ことがその役割となる。
一方、「マーケティング」とは「市場創造」のことである。もっと噛み砕いて表すなら「良い商品」を定義することであり、それこそがマーケティング活動の役割なのだ。
また、良い商品として求められるものはその時々によって変わっていくもので、その定義を変えるのも、マーケティングの役割だと言える。
しかし、ブランドにしてもマーケティングにしても基本的には「概念」の域を出ない。どんなに立派なブランドでも、洗練されたマーケティングでも、具現化がされていなければ消費者に届かないのだ。
「消費者に届けるためには、プロダクト(Product)を開発したり、価格(Price)を設定したり、流通経路(Place)を決めたり、販促活動(Promotion)を考えたりする必要があります。これが『4P』です」(音部氏)
マーケティング活動の全体設計図・パーセプションフロー・モデルのつくり方
パーセプションフロー・モデルは、マーケティング活動の全体設計図と言える。概念を具現化していくために、マーケティング活動の全体を俯瞰する全体設計図だ。
縦軸に「現状」や「認知」、「興味」、「購入」、「満足」といった消費者の状態の変化を設定し、横軸には「行動変化の経路」や「パーセプションの変化の経路」、「パーセプションの変化のための知覚刺激」などを設定する。
例えば、消費者の状態の段階が「認知」であり、その際の「行動変化の経路」が「代替を模索する」で、「パーセプションの変化の経路」が「競合では問題が上手く解決できず、今の私には合っていないかも」という段階だったとする。
ここから「興味」の段階に進むためには、「ブランドによるベネフィットの提案」という「パーセプションの変化のための知覚刺激」を提示することで、「このブランドを使えばもっと良い解決策やベネフィットが得られそうだ」と思ってもらいやすくなるだろう。
パーセプションフロー・モデルは、「音楽の世界で言う楽譜のようなもの」だと音部氏は説明する。
「作曲家が作曲した楽曲を聴衆に届けるには、間に演奏家が入らなければなりません。その演奏家と作曲家の意思疎通のための道具が楽譜です。マーケティングも同様で、ブランドチームが着想したブランドを消費者に届けるためには、間に複数の部門や代理店が入ります。ブランドチームと複数部門や代理店をつなぐのがパーセプションフロー・モデルなのです」(音部氏)
パーセプションフロー・モデルのメリット
パーセプションフロー・モデルのメリットは3つある。
1つ目は、マーケティング活動全体の全体最適を促し、マーケティングROIを改善できる点だ。2つ目に消費者中心の活動設計になることで、消費者中心の経営を仕組み化できる点である。そして3つ目は、共通言語として共有しやすいため、戦略と全体像に合意しやすく、自律的なオペレーションを構築できる点だ。
特に最後の共通言語になり得るという点は、音部氏が冒頭で挙げたマーケティングにおける成長にも関係する要素とも言える。
昨今はとりわけデータの重要性について語られがちだが、マーケティングにおけるデータとは、パーセプションフロー・モデルで描写された「消費者の行動やパーセプションの変化」「知覚刺激のクオリティ」「知覚刺激の総量や到達度」などを示すことが多い。つまり、パーセプションフロー・モデルを通して、データ活用の実践に通じるものだ、音部氏は講演を締めくくった。
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マーケティングという概念は人によって異なる曖昧なものになりがちだ。だからこそ、パーセプションフロー・モデルという共通言語を用いて顧客を理解に基づき、マーケティングの全体像を描き出していく必要がある。今回の音部氏の講演を参考に、改めて自社のマーケティングについて考えてみてはいかがだろうか。