東京大学、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構の3者は9月7日、次世代メモリ候補として期待されるスピンの渦である「スキルミオン」が「創発磁場」を精製しており、それによって光の偏光面がねじれる「トポロジカル磁気光学カー効果」の観測に初めて成功したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の加藤喜大大学院生(日本学術振興会特別研究員)、同・岡村嘉大助教、同・マクシミリアン・ヒルシュベルガー准教授、同・高橋陽太郎准教授(理研 創発物性科学研究センター(CEMS)トポロジカル量子物質研究ユニット ユニットリーダー兼任)、CEMSの十倉好紀センター長(東大卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
スピンの渦構造であるスキルミオンは、そのトポロジカルな性質により安定性があり、低電流での駆動や高密度化が可能であることから、メモリへの応用に関する研究が進むとされている。しかし、これまでの研究の中心はスキルミオンを有する物質やデバイスの作製、電流駆動に関わるもので、高速読み取りにつながる検出手法の開拓が求められていたという。
スキルミオンは仮想的な磁場である「創発磁場」を生成するため、同磁場を用いたスキルミオンの読み取りが可能だ。これまでは、創発磁場が引き起こすホール効果である「トポロジカルホール効果」を利用し、電気的にスキルミオンを検出するという手法が用いられてきたとする。
しかしスキルミオンの超高速な読み取りを可能とする光学的な応答については、基礎科学とスキルミオンメモリ実現の両面において重要であるにも関わらず、これまで観測例はなかったとする。そこで研究チームは今回、高密度に整列したスキルミオン格子を持つ、ガドリニウム・パラジウム・シリコンの合金「Gd2PdSi3」に着目し、磁気光学カー効果の測定を行うことにしたという。
磁気光学カー効果とは光の偏光面をねじる現象であり、磁気光学デバイスの読み取り原理として利用されている。通常は光の偏光面のねじれ角の大きさは、物質の磁化の大きさに比例するが、もしスキルミオンによる創発磁場が存在するなら、物質の磁化の大きさとは関係なく光の偏光面はねじれることになるという。この現象はトポロジカル磁気光学カー効果と呼ばれ、スキルミオンを読み取るための原理となるのである。
まず、幅広い光の周波数帯域において、Gd2PdSi3の磁気光学カー効果の測定が行われた。すると、スキルミオンが出現した時に大きな偏光面のねじれが生じることが判明。磁場をかけてスキルミオンを消すとこの現象が消失したことから、スキルミオンから生じる創発磁場による効果であることが確認された。
さらに今回の研究では、トポロジカル磁気光学効果が近赤外領域に出現することも明らかにされた。同領域ではさまざまなレーザー技術が存在することから、今後はレーザーフォトニクスとの融合により精密なスキルミオンの読み取りの実現が期待されるという。
磁気光学カー効果はこれまで、物質の磁化を検出するためのプローブとしてスピントロニクスなどの分野で広く利用されてきた。従来、磁気光学効果を大きくするためには原子番号の大きい重い元素を用いる必要があると考えられてきたが、今回の研究成果により創発磁場を利用することで、原子番号の小さい比較的安価な材料でも大きな磁気光学効果を実現できる可能性がでてきたとする。
また、スキルミオンから生じるトポロジカル磁気光学カー効果を利用すると、スキルミオンの高速かつ非接触な検出が可能になり、将来的にはレーザーフォトニクスと融合したスキルミオンデバイスの実現が期待できるとした。
それに加えて今回の研究成果は、スキルミオンの創発磁場によって磁気光学効果が生じることを示しており、磁気光学効果を増大させるための新しい指針となるとしている。