自動車部品メーカーのデンソーは現在、幅広い分野の事業でクラウドを活用している。同社は非IT企業であり、クラウドサービスの事業を専門とした企業ではないため、クラウドサービスを内製開発して軌道に乗せるまでには、いくつかの壁に直面したという。

7月13日、14日に開催した「TECH+ フォーラム クラウドインフラ Days 2023 Jul. ビジネスを支えるクラウドの本質」にデンソー クラウドサービス部 デジタルイノベーション室の佐藤義永氏が登壇。同社がどのような考えで専門外の事業であるクラウドの内製化に取り組んだのか、その際に直面した問題点やその解決方法、注意すべき点などについて解説した。

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地図となる専門知識を持って歩みを進める

佐藤氏は冒頭、専門外の事業をスタートさせることを未知の土地での旅に例え、「まず必要になるのは地図」だと述べた。地図があれば目的地までの距離や経路が分かるし、地図上に崖などの障害があるならば、乗り越えるためにどんな道具や技術が必要になるかを検討するだろう。ソフトウエア開発で言えば、この地図に当たるのが専門知識であり、しっかりした知識を持って開発を進めていくことが必要になるのだ。

専門知識のあるエリア、つまり本業や経験のある領域を壁の内側とすれば、未経験の領域は壁の外側だ。佐藤氏は「壁の外側がどうなっているか分からないまま、地図も持たずに突き進めばプロジェクトは失敗する」と指摘する。このような状態で突き進んでしまうのは認知バイアスが働くからだという。認知バイアスにもいくつか種類がある。過去の成功体験を過大評価して根拠なく大丈夫だと思い込む経験バイアスや、迷ってしまってもまだ大丈夫だろうと思い込む正常性バイアス、変化することにブレーキをかけてしまう現状維持バイアスがその代表だ。これらによって“壁の外”に行きたくなり、迷っているのに進んでしまうという現象が起きる。

  • 内製開発の壁のイメージ図

専門外だとイメージしにくい困難も多い

現在は、ネットで調べるだけで、クラウドでインフラをつくったり公開したりがすぐにできる時代だ。例えば、AWSのマネジメントコンソールを使えばまずは動くものをつくることができる。プロジェクトを開始してすぐに“それっぽいもの”ができてしまうので、完成が見えたようにも思えるが、それは錯覚だと佐藤氏は言う。

とりあえず動くものができること自体は決して悪くはない。何をつくるか、どうつくるかばかりに目が行き、誰のために、何のために、なぜつくるかというプロダクトの価値が置き去りになることが大きな問題なのだ。さらに、ユーザーの求める応答時間で動くのか、問い合わせや脆弱性にどう対応するか、後から変更しにくいアーキテクチャ設計になっていないかなど、非IT企業ではイメージしにくい困難も数多く待ち受けている。逆に、法務、知財権利、事業採算などの領域は、エンジニアにはピンとこないことも多い。これらはサービスをつくる上で重要で、不慣れだからといって無視できないことだ。

組織としての地図を自分たちでつくる

それを本業とするIT企業があるのだから、委託した方が早いのも事実だ。しかしそれでもデンソーは内製開発を選択した。その理由として佐藤氏は、構想や企画を変更しながら開発したかったという点を挙げた。世情変化や技術の進化に合わせて方向性を変えることを考えていたという。また、品質やコストを自分たちの手でコントロールしたかったこと、技術を磨いて提供価値を高めたかったことも理由にあったという。

「委託と内製では地図が異なります。内製開発の地図は自分たちでつくるしかないのです」(佐藤氏)

ではその地図をどうやってつくるのか。答えはシンプルだ。きちんと勉強し、ベストプラクティスを知ることに尽きる。AWSであればセキュリティや運用面まで細かく記載されたAWS Well-Architectedをきちんと参照する必要があるし、技術顧問や社外コーチ、パートナー企業などの有識者から実際の事例を学ぶことも必要になる。

「そうやって組織としての地図をつくり上げることが重要なのです」(佐藤氏)