上智大学は7月25日、タツノオトシゴの骨板の突出部分(棘)や育児嚢の表面を覆う「Flame cone(fc)細胞」において、他の系統種に類似したホモログ遺伝子を持たない「オーファン遺伝子」に分類される独自の遺伝子が発現していることを明らかにしたと発表した。

  • 今回の研究の概要。

    今回の研究の概要。(出所:上智大Webサイト)

同成果は、上智大 理工学部 物質生命理工学科の川口眞理准教授、同・安増茂樹教授に加え、東京農業大学、東京大学の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、細胞生物学に関する全般を扱う学術誌「Cell and Tissue Research」に掲載された。

ヒトを含む既知の脊椎動物種において半数以上を占め、最も多様な種を持つグループとして知られているのが、真骨魚類だ。その中でも、メスから受け取った卵をオスが育児嚢で抱卵し、稚魚を「出産」するという、ひときわユニークな生態を持つことで有名なのが、タツノオトシゴとその近縁種である。

タツノオトシゴは、形態学的に特徴のあるfc細胞を持つことが知られており、同細胞は育児嚢を含む尾の腹側や棘の表皮で多く観察される。この表皮を覆うfc細胞は、表面から20μm~40μm突き出し、粘液性の被膜を覆われているという特徴を有する。そこで研究チームは今回、タツノオトシゴの育児嚢とfc細胞の存在に着目し、そこで発現する遺伝子の探索に着手したという。

研究チームはまず、細胞の組織学的観察を実施。すると、タツノオトシゴの表皮の最外層でfc細胞の存在が確認された。一方、同じ科に属する「オクヨウジ」や「ヨウジウオ」では、同細胞の存在を確認できなかったとする。

次に、タツノオトシゴの仲間である「ポットベリーシーホース」のRNAシーケンス解析を行ったところ、オーファン遺伝子が発見されたという。オーファン遺伝子とは、他の生物種の間に構造や進化学的起源が類似しているホモログ遺伝子が一切検出されない、独自の遺伝子のことをいう。今回発見された遺伝子は、その転写産物が「プロリン」と「グリシン」に富んだアミノ酸配列を持つことから、「プロリン・グリシン・リッチ遺伝子」(pgrich遺伝子)と命名された。

続いて、pgrich遺伝子の発現パターンについて、免疫組織化学的解析やin situハイブリタイゼーションを用いた解析を行ったとのこと。その結果、同遺伝子が育児嚢の表面にあるfc細胞上で発現していることが判明したとする。さらにpgrichタンパク質のアミノ酸配列の解析から、「エラスチン遺伝子」の相補鎖をアミノ酸に翻訳した配列と似ていることが突き止められた。

  • タツノオトシゴの体は骨板で覆われている。オスの腹側尾部には育児嚢(blood pouch)がある。骨板の突出部分(spine)や育児嚢の体表は、タツノオトシゴ特有の細胞であるfc細胞で覆われている。

    タツノオトシゴの体は骨板で覆われている。オスの腹側尾部には育児嚢(blood pouch)がある。骨板の突出部分(spine)や育児嚢の体表は、タツノオトシゴ特有の細胞であるfc細胞で覆われている。(右下)pgrichタンパク質の局在が免疫組織化学によって検出されたもの。体表のfc細胞で緑色のシグナルが見える。マゼンタは核が示されている。(出所:上智大Webサイト)

研究チームはこれらの結果から、pgrich遺伝子はエラスチン遺伝子の一部のDNAがゲノム上の位置を変える「トランスポゾン」、もしくはゲノム上の位置を変えるDNAのうちでRNA中間体を経る「レトロポゾン」により生じたものと推測されたとする。

最後に、pgrich遺伝子のオルソログ遺伝子(種分化の過程で生じた相同な機能を持つ遺伝子)を見つけるため、ヨウジウオ目8種、真骨魚類のそのほかの目7種のゲノム配列の解析が行われた。すると、pgrich遺伝子はタツノオトシゴ属とヨウジウオ属のみから確認された。これは、タツノオトシゴ属とヨウジウオ属の共通祖先において、pgrich遺伝子が誕生したことが示唆される結果だとしている。

タツノオトシゴやヨウジウオなどのヨウジウオ科の仲間は、オスが出産するというユニークな生態を持つが、育児嚢がヨウジウオ科魚類の進化過程でどのようにして獲得されたのかについて、まだ詳細はわかっていない。研究チームによると、今回発見されたpgrich遺伝子が育児嚢の体表で発現していることを考えると、同遺伝子は育児嚢の形成に何らかの役割を持っている可能性があるという。

また今後については、pgrich遺伝子の進化過程を解明していくことで、ある系統に特異的に生じたオーファン遺伝子がどのような進化過程を取るのかを明らかにするための手がかりになることが考えられるとしている。