東京工科大学(工科大)は7月24日、トンボが素速く逃げるように飛行する機動飛行時の流体力学メカニズムを明らかにしたことを発表した。
同成果は、工科大 工学部の野田龍介講師らの研究チームによるもの。詳細は、流体力学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Fluid Mechanics」に掲載された。
慣性力と粘性力の比で表される無次元数で流体現象の特性を表す数値に、「レイノルズ数」がある。レイノルズ数が低いと粘性力が支配的であることを意味するが、飛行能力を持つ多くの昆虫は、羽ばたき運動やサイズなどの特性から、低レイノルズ数領域での優れた飛行性能を有することがわかっている。そのことから、小型飛行ロボットの設計指針としても注目されている。
飛行能力を有する生物の中で、最も成功した捕食者の1つとされるのが、生物として長い進化の歴史を有するトンボだ。トンボの飛行の特徴は、多くの昆虫が前翅と後翅を1つのペアとして羽ばたき運動を行っているのに対し、これらの翅を独立して制御できる点にある。そのため、トンボは素速く動ける機動力と同時に、空中で静止できるホバリング能力なども実現しているのである。
そこで研究チームは今回、トンボの通常飛行時における翅の運動と、逃走的機動飛行(以下「逃走飛行」)時における翅の運動を用いて、それぞれの羽ばたき運動がどのような空気力を生み出すかを数値シミュレーションにより検証したとする。
その結果、逃走飛行では通常飛行に比べて後翅が大きな「迎角(げいかく)」を取ることで、飛行効率を犠牲にして局所的な空気力の増加を生み出していることが解明された。なお迎角とは、空気などの流体中にある物体が、流れに対してどれだけ傾いているかを表すものだ。飛翔する昆虫は前述のレイノルズ数の特性により、飛行機やドローンなどと比べて大きな迎角で羽ばたき運動を行う。
また、この空気力の増加は、トンボが前翅と後翅の羽ばたくタイミング(位相)を上手く変更することで、前翅の羽ばたきにより生じる空気の流れを利用し、後翅の翅表面に生じる空気力生成に大きく寄与する渦の安定化を促して実現していることが示唆されたとする。これは、従来の研究で示されてきたトンボの機動飛行時における前翅と後翅の羽ばたくタイミングとは異なり、新たな流体力学メカニズムにより逃走のための局所的な空気力の増加を実現している可能性を示すとしている。
近年、回転翼型のドローンがさまざまな分野で社会実装に成功しており、今後より人間に近い環境での調和と共存が求められる。研究チームは、古来より人類の生活圏で共生してきたトンボなどの生物の飛翔を模した羽ばたき型の飛行ロボットは、これを実現するための安全性や騒音といった問題を解決した上での社会実装が期待されるとする。その中で今回の研究成果は、その設計指針となり得る重要な要素となるとしている。