東京大学(東大)は7月21日、次世代の多孔性結晶材料として注目される「金属有機構造体」(MOF)における分子吸脱着過程に対するモデルを、統計物理学の手法を用いて提案し、コンピュータシミュレーションにより、硬さの不均一性が分子吸脱着転移におけるヒステリシスに対して本質的な役割を果たすことを明らかにしたと発表した。

  • 理論モデルのイメージ図。

    理論モデルのイメージ図。(出所:東大 生研Webサイト)

同成果は、東大 生産技術研究所(生研)の光元亨汰特任研究員、同・高江恭平特任講師らの研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

活性炭やゼオライトなど、小さな孔がたくさん空いた材料のことを多孔性材料と呼ぶ。ナノメートルサイズの小さな孔に、選択的に気体・液体分子を吸着する性質を持っており、消臭剤や脱水剤、触媒など、さまざまな用途でその性質が利用されている。

近年、次世代の多孔性材料として注目されているのがMOFだ。非常に高いデザイン性を持ち、現在では2万種類以上が合成されているという。MOFの特徴は、従来の多孔性材料よりも柔軟な格子構造を持つことで、その結果、分子を吸い込むことで膨らんだり縮んだりする。そしてこうした柔らかさを利用して、吸着剤やガス分離・貯蔵、触媒、センサ、磁性材料など、さまざまな応用の可能性が検討されている。

しかし、MOF中で起こる現象については未解明な部分も多い。特に、吸い込まれた分子によって結晶の硬さや孔の大きさが変化することが、吸着状態と脱着状態の転移や、吸着分子の分布など、吸着の性質にどのように反映されるかについては、未だにわかっていないという。

研究チームは今回、分子の吸着過程はどこでも同じではなく、吸い込んだ領域のみ部分的に硬さが変わることに注目したとのこと。そして物理学の視点から、柔らかい多孔性結晶における分子の振る舞いを解明することを目指したという。

研究チームはまず、分子吸着した部分の硬さの変化と格子変形を取り入れたモデルを、統計物理学の手法を用いて提案し、シミュレーションを行ったとのこと。そして分子吸脱着過程において観測されるヒステリシスに対し、硬さの不均一性が重要な役割を担うことを見出したとする。なおヒステリシスとは、物質の状態が、現在の温度・圧力などの条件だけでなく、過去の状態や条件を変化させる過程に依存する現象を指す。

分子の吸着過程はどこでも同じではなく、部分的に吸い込むことで部分的に硬さが変わる性質があり、これは「弾性不均一性」と呼ばれる。この性質によって、硬い領域はコンパクトな形に、柔らかい領域は細長い形になる効果が生じることがすでに分かっており、今回この効果が、柔らかい多孔性結晶における分子の分布に影響を及ぼすことが新たに発見されたとする。そして、この分布がさらなる吸着・脱着をさまたげ、結果として大きなヒステリシスを生み出していることが解明されたとしている。

  • (左)理論モデルの概念図。(右)吸着で硬くなる場合におけるシミュレーション結果。分子吸着していない柔らかい領域は細長い形状になっている。

    (左)理論モデルの概念図。(右)吸着で硬くなる場合におけるシミュレーション結果。分子吸着していない柔らかい領域は細長い形状になっている。(出所:東大 生研Webサイト)

ヒステリシスが大きいということは、分子を内部に取り込んだ状態を安定的に維持できることを意味するという。これは、貯蔵したガスを輸送する際に非常に便利な性質であり、また広い温度・圧力範囲での触媒利用が可能となる。今回の研究では、格子変形だけではなく硬さの変化もまたヒステリシスを生み出す原因となることが、シミュレーションによって発見された。

研究チームは、近年活発となっているAI技術を利用した材料設計の枠組みに、硬さの変化という要素を組み込むことで、優れた安定性を持つガス貯蔵材料や触媒などの開発が期待されるとしている。