宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月19日、JAXAと欧州宇宙機関(ESA)で共同運用する水星探査機「ベピ・コロンボ」が2021年10月1日に第1回水星スイングバイ(以下「SB」)で観測を実施した際に取得されたデータを詳細に解析し、磁気圏中で加速された電子が惑星へ降り込む瞬間を初めて捉えたことを発表した。

  • 水星磁気圏の模式図(c) 相澤紗絵(出所:ISAS Webサイト)

    水星磁気圏の模式図 (c) 相澤紗絵(出所:ISAS Webサイト)

同成果は、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の相澤紗絵氏をはじめとする、国内外の25名の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

水星磁気圏は、地球磁気圏と比べてサイズは小さいものの、その構造は非常に似通っていることが、NASAの「マリナー10号」や「メッセンジャー」(以下「過去の2機」)による探査などで明らかにされている。サイズが小さいために太陽風の変化に敏感に応答することがわかっているが、このような環境下でどのようにどれだけ加速が起き、どれほどプラズマが磁気圏内で輸送されるのかは不明だったという。

加速されて惑星へ向かって降り込むプラズマは、地球では大気と衝突してオーロラを引き起こすが、水星はごく薄い大気しかないために、プラズマが地表まで到達し水星表面の物質と衝突して蛍光X線を出す「X線オーロラ」が予測されている。過去の観測からX線オーロラを励起する電子の降り込みの存在が間接的には議論されてきたが、過去の2機は直接的な観測ができておらず、どのように加速された電子がどのように輸送されその場へと降り込むのか、そしてどれくらいのエネルギーで降り込むのかは未解明だったとする。

ベピ・コロンボは、ESAの水星表面探査機「MPO」と、JAXAの水星磁気圏探査機「みお」の2機で構成される。現在、2025年12月の水星周回軌道投入へ向けて惑星間空間を航行中であり、全9回のSBのうち、2021年10月1日には6回行われる水星でのSBのうちの1回目が行われ、その最中に搭載装置による科学観測が実施された。

  • ベピ・コロンボの軌道(北から見下ろした図)およびMPPEセンサーによる観測結果

    ベピ・コロンボの軌道(北から見下ろした図)およびMPPEセンサーによる観測結果。マグネトポーズ(MP:ピンクのマークおよび線)およびバウショック(BS:青のマークおよび線)通過が同定されている (C)JAXA(出典:Aizawa et al., 2023)(出所:ISAS Webサイト)

水星に着くまでは2つの探査機はドッキングした状態の上、「みお」は太陽光シールドに覆われているために視野が限られるなど科学観測には大きな制約があったが、第1回水星SBにおいて「みお」は、電子観測器(MEA)、イオン観測器、中性大気観測器を用いることにしたという。

第1回水星SBでのベピ・コロンボの軌道は、水星の夜側北半球から接近し南半球朝方付近で水星の高度約200kmまで最接近した後に、南半球昼側磁気圏を観測して太陽風へと抜けていくというものが取られた。データ解析の補助として磁気圏モデル「KT17」が用いられ、加速された電子が南半球磁気圏の朝側で惑星表面へと降り込む様子が直接観測されたとする。過去の2機では同じ軌道は取れなかったため今回が史上初の観測となった。

また、「みお」は磁気圏の構造を示す境界(磁気圏界面およびバウショック)を捉えることにも成功。SB当時の水星磁気圏は、平均よりも圧縮されてコンパクトな状態だったことが確認されたとした。

その圧縮された磁気圏内においては、さまざまな物理過程が観測されたという。特に、最接近後の朝側の磁気圏で高エネルギーの電子(1~10keV)のフラックスの増強が30~40秒程度の準周期的に観測された。これらは過去の2機が測定した高エネルギー(10~100keV)の「電子バースト現象」に類似していたが、詳細な解析によって1~10keVの電子フラックス増強の周期が過去報告されたものと一致しないこと、また電子フラックスの増強が高エネルギーから始まり低エネルギーに移行する挙動が示されていることが明らかにされた。

これらの結果から、今回の観測で捉えられたのは過去の観測のものとは異なる現象であることがまず示され、磁気圏モデルを用いて電子がどこから輸送されてきたかを調べることにより、今回の電子の挙動は特に、朝方の磁気圏尾部で起こるプラズマ過程(磁気リコネクションやダイポラリゼーションなど)に起因する電子の加速・輸送によって引き起こされたものである可能性が高いことが発見された。

この水星の磁気圏尾部のプラズマ過程に起因しうる高エネルギー電子(1~10keV)フラックスの増強の発生場所は、メッセンジャーによって観測された水星表面からのX線オーロラの発生位置と一致しているという。今回の観測結果は、地球と比べて小さい水星磁気圏においても、地球と非常に良く似た機構で電子が加速・輸送され、惑星に降り込んで地表からX線オーロラを生成しうることが示されたとする。

  • 水星磁気圏朝側で観測された電子のフラックス増強(#1-#6)と、それに伴って観測された高エネルギーから低エネルギーへ移行する電子の振る舞いの様子

    水星磁気圏朝側で観測された電子のフラックス増強(#1-#6)と、それに伴って観測された高エネルギーから低エネルギーへ移行する電子の振る舞いの様子。(A・C)それぞれMEA1・同2の観測結果。(B・D)その期間全体の平均で各観測を規格化されたもの。平均との比較によってフラックスが高エネルギーから低エネルギーへと移行していることがわかる(黒線によって表示)(E・F)それぞれMEA1、MEA2のカウント。フラックスが増強しているところでカウントが増えていることが明らかに示されている (C)JAXA(出典:Aizawa et al., 2023)(出所:ISAS Webサイト)

今回の研究によって、水星の小さな磁気圏において電子は惑星に近い位置の磁気圏朝方側尾部で加速され、それらが惑星近傍まで輸送されることが解明された。太陽系内の磁化惑星(海王星を除く)は各固有磁場の強度や大気の有無、放射線帯の有無などに違いはあるが、どの惑星においても加速された電子は惑星近傍まで輸送され降り込むことが可能であり、これらがオーロラ生成過程として普遍的なメカニズムであることが証明された。

ちなみにベピ・コロンボは、2022年6月に2回目、2023年6月に3回目の水星SBを実施済みだ。どちらのSBでも、1回目と同様に科学観測が実施されており鋭意解析中だという。

また2025年12月に予定される水星周回軌道投入後には、2機でそれぞれ観測を行うが、たとえば「みお」が太陽風を観測する間MPOが水星環境を観測するといった2機協働観測計画も綿密に検討されている。加えて、ESAの太陽観測衛星「ソーラー・オービター」やNASAの太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」などの内部太陽圏を探査する探査機との協働観測も多く議論されており、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されているとした。