ペガサス・テック・ベンチャーズはこのほど、スタートアップピッチコンテスト「スタートアップワールドカップ2023」の京都予選を、京都大学を舞台に開催した。同大会はグローバル規模のビジネスコンテスト・カンファレンスであり、約70の国と地域で予選が繰り広げられる。
各地域予選で優勝したスタートアップ企業は、12月1日にサンフランシスコで開催される世界決勝戦へと駒を進める。世界決勝戦での優勝投資賞金は約100万米ドルだ。これまでは東京のみでの開催だったが、今回は初の2拠点開催となる。京都予選には135のスタートアップが応募し、12社がファイナリストに選出された。はたして、世界決勝戦に進む企業にはどこが選ばれるのだろうか。
これからの"信用"と日本のビジネスの作り方
ファイナリスト12社の代表によるピッチコンテストに先立ち、実業家の堀江貴文氏がイベントに登場して、ペガサス・テック・ベンチャーズの代表であるAnis Uzzaman(アニス ウッザマン)氏と対談を繰り広げた。まずはその模様をお届けしたい。トークテーマは「世界で日本がもう一度輝くために」
堀江貴文氏の起業のきっかけ
アニス氏:堀江さんはこれまで多くの企業を創出してきました。学生時代から多数の事業に挑戦していると思いますが、起業のきっかけとチャレンジ精神について教えてください。
堀江氏:僕は東京大学の在学中に会社を作りました。今から振り返れば後講釈で分析できますが、当時はちょうどLinuxが開発された時期で、リーナス・トーバルズ氏(Linuxカーネル開発者)やマーク・アンドリーセン氏(ネットスケープ開発者)、イーロンマスク氏(テスラ創設者)、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏(共にGoogle創設者)らの有名な起業家が現れたのは、Linuxのおかげだと思います。
自宅のPCでもUNIXが動くようになったことで、誰もがインターネットのノードを作れるようになりました。当時は高額なサーバを購入しなければいけないと思っていましたが、「PCでできるじゃん」と思ったのが僕の起業のきっかけです。後になって考えれば、インターネットの民主化が起きた時代です。
さらに、インターネットは情報を民主化するためのツールでもあります。インターネットによって情報が民主化されたので、誰もが等しくほぼすべての情報にアクセスできるようになりました。その結果、SNSなどを使って誰もがディスカッションできるようになったので、スタートアップのエコシステムが機能するようになり、イノベーションが加速したと思います。
アニス氏:当時は資金調達が難しかったと思いますが、どのような挑戦がありましたか。
堀江氏:僕はあまりマクロ経済について考えていません。僕が起業したのは1996年で、日本が失われた10年と言われていた年です。その数年後に朝銀信用組合、日本債券信用銀行、三洋証券、山一證券などが次々に倒産したという時期でもあります。
マクロ経済を見るとどん底のような時期でしたが、僕の会社は絶好調でした。しっかり収益を上げられたのもありますが、マクロ経済がどのような状況であれ、経済が回っていれば1億円や2億円は集められるはずです。企業活動とマクロ経済はあまり関係ないと思っています。
アニス氏:市場に必要とされているものを作る方が大切だということですか。
堀江氏:当時の僕は、インターネットの未来をいかに早く実現するか、自分の頭にある世界観をいかに早く実装するかだけを考えていました。そして、それを応援してくれる物好きな人たちに売っていたという感じです。「インターネットってよく分からないけど面白そうだよね」って、お金を出してくれる人が多かったです。
ホリエモン流「スタートアップの育て方」
アニス氏:当時はスタートアップやベンチャー企業は珍しい時代で、資金調達が難しかったと思います。ベンチャー企業の育て方を分かっていたのですか。
堀江氏:シリコンバレーなんかでは当たり前のようになりつつありましたけど、日本ではほとんど初めてのような状況だったと思います。僕たちは何も分かりませんでしたが「孫さんがナスダック・ジャパンを作るらしいから上場しなきゃ」と思って、いつの間にか上場していたような状況です。まったくよく分からない状態でやってました。
アニス氏:なるほど。堀江さんは4月に著書『信用2.0 自分と世界を変える「最重要資産」』を出しましたね。この書籍が気になったのですが、どのような内容ですか。
堀江氏:大した内容じゃないので、読まなくてもいいですよ(笑)。以前は、社会的な信用は大企業で長期間務めるような積み上げ方が主流でしたが、現在は中学生でも高校生でも実行力があればお金を引っ張ってこられる時代になりました。僕はアイデアや構想力よりも実行力が大事だと思っています。むしろ、実行力しかないんです。
「こんなアイデアを実装しました」という人たちがお金を集められるプラットフォームも、今ではたくさんあります。小さいものではクラウドファンディングで数百万円を集められますが、ここで資金が集まらなければ社会に受け入れられないということなので、逆に言うと失敗する前に辞められるということです。うまくビジネスが回り出したらVC(ベンチャーキャピタル)が勝手に寄ってくる時代でもあります。
IT業界は特にそうした時代になってきているよ、ということを書いた本です。これまでの信用の積み上げ方とは変わってきているので、アイデアがあるならさっさと動いた方がいいと思います。準備している時間すらもったいないです。
アニス氏:アメリカでも早めに実行しようという風潮は強いです。パテントを開示するとか、特許を申請して待つとか、アイデアを盗まれないように準備しているようでは企業を作れません。
日本人が勝てるビジネスとは?
アニス氏:堀江さんは『2035 10年後のニッポン ホリエモンの未来予測大全』という本も出版されました。これからの10年間を考えたときに、日本はどのような戦略を取るのがよいと考えますか?
堀江氏:日本の大学や研究機関や企業の中にはシード技術がたくさんあります。例えばですけど、日本の光技術って世界的に見ても優れているんですね。光というアナログな領域は経験や技術の蓄積が重要なので、これがあるからこそ日本のレベルの高さを維持できています。
しかし、こうした技術は産業化しなければいけません。産業化してもうからないと、研究者もやる気を出せませんし、お金が回ってきません。アメリカや中国をはじめ世界と戦っていくためには、日本の得意分野を伸ばして産業化する必要があります。
ITは、日本の得意分野ではありません。IT領域で世界と戦うということはGAFAM(Googlet、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの頭文字を取ったもの)に勝つということですが、これはなかなか難しい。だからこそ、日本が勝てる分野で世界と勝負するべきだと思います。
僕が携わっているロケットは"産業の総合格闘技"と呼ばれますが、まずは鋼鉄を作れないとロケットを作れないんです。特殊鋼が作れないと工具も作れませんし、部品も作れません。この一連のサプライチェーンを国内で全部できる国は、世界でも数えられるほどしかありませんよね。
だから、これから事業を始めるのであれば、日本人であることがアドバンテージになって優位に勝負できる分野にすべきなんです。ITなんて超絶にレッドオーシャンです。国内でそこそこの事業をしたいのなら、ITは投資も不要だし失敗時のリスクも少ないので別にいいんです。ですが、本当にITでグローバルで勝とうと思ったら、日本人であり日本に住んでいることがアドバンテージになる分野にすべきです。
僕は「水」もこれからの大事なキーワードだと思っていて、日本は世界で唯一と言ってもいいほど豊かな水資源を持っています。文字通り"湯水のごとく"おいしいお水をいくらでも使えます。インバウンド観光や和牛など、水を生かした事業は優位性があるはずです。
僕は和牛ビジネスもやってますけど、日本人であるアドバンテージが取れることや競争が激しくないことといった条件の中で、ビジネスを考えています。
アニス氏:日本からも世界で戦えるスタートアップがどんどん出てきてほしいです。第1回のスタートアップワールドカップでは日本の企業が世界チャンピオンになりましたが、その会場にも堀江さんに応援に来ていただきましたね。今年もサンフランシスコの世界大会に来てくれませんか。
堀江氏:行けたら行きます(笑)
世界決勝戦への切符を手にしたスタートアップはどこだ
ピッチコンテストは、30秒間の企業紹介映像、3分30秒間のプレゼンテーション、1分30秒間の審査員との質疑応答によって評価される。京都予選では12社のファイナリストが選ばれ、ステージ上でピッチを行った。ここで選ばれた企業はサンフランシスコで行われる世界決勝戦へと進める。
子宮内フローラ検査で不妊治療に新たな道を
今回の予選では世界決勝戦へと進む企業の他に、スポンサー賞として「JOHNAN賞」が選出された。この賞は京都のものづくりプラットフォーム企業であるJOHNANが協賛するもので、同社から3カ月間の無料メンタリングと、スタートアップファクトリー(ガレージ)の3カ月間無料使用権が与えられる。
JOHNAN賞に選ばれたのは、子宮内フローラのゲノム解析技術を通じて不妊治療を支援するVarinosだ。現代の日本では5.5組の夫婦のうち1組が不妊治療中であり、働く女性の4~5人に1人が不妊治療を理由に退職しているという。同社はこうした課題の解決を、臨床検査の面から試みている。
Varinosが開発した子宮内フローラ検査は、子宮内の菌の環境をゲノム情報から検査する技術で、同社が世界で初めて実用化に成功したとのことだ。医療機関で子宮内の菌を採取してVarinosの研究室(東京都内)に送り、その塩基配列を次世代シーケンサーで解析することで、子宮内の菌環境を報告する仕組みである。医師はこの情報に基づいて治療方針を決めることができる。
同社は今後について、子宮内フローラ検査の海外展開を進める予定だ。さらに、子宮内膜症や性感染症、子宮頸がんなど、不妊以外の課題・疾患にも対応できるよう、技術開発を強化するとしている。
京都のDNAで家づくりを世界へ
見事に京都予選を勝ち抜いたのは、AIを活用したスマートホームを開発する「HOMMA Group」だ。同社は独自のハードウェアにソフトウェアを垂直統合することで、Appleやテスラが開発したようなイノベーティブなソリューションの開発を住宅業界で目指すという。
スマートホームといえばGoogle HomeやAmazon Echoが思い浮かぶが、これらのソリューションは後付けが前提であり、音声またはアプリからのコントロールしかできない点や、メーカーだけではサポートが不十分な点なども課題となっているそうだ。
そこでHOMMA Groupは、あらゆるデバイスがあらかじめビルトインされた住宅を独自開発した。空調やセキュリティや照明はAIで自動調整されるため、操作の必要すらないという。設計から施工、ユーザーの利用時までトータルでサポートする強みを持つ。
世界決勝戦への進出が決まったHOMMA GroupのCEO 本間毅氏は「日本では少子高齢化が進む中で、日本企業が海外でも活躍しなければいけないという気持ちでこれまでやってきた。私の家は代々京都で大工をしていたので、この地で育んでもらった家づくりのDNAで世界の住宅を未来につなげたい」と、喜びに声を詰まらせながら語っていた。