金沢大学(金大)は6月27日、ヒトをはじめとする動物が他者(他個体)を記憶する「社会性記憶」について、幼少期のアストロサイトにある「CD38遺伝子」によって、社会性記憶を担う神経回路の形成が制御されるメカニズムを明らかにしたことを発表した。
同成果は、金大 医薬保健研究域 医学系神経解剖学の服部剛志准教授、同・堀修教授、金大 子どものこころの発達研究センターのスタニスラフ・シェレパノフ博士、同・東田陽博金大名誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、分子/細胞生物学に関する全般を扱う学術誌「The EMBO Journal」に掲載された。
ヒトをはじめとする社会性のある動物において、他者に対する記憶は社会性記憶と呼ばれており、適応的な社会を形成する上で欠かすことのできない重要な記憶だ。最近、脳の海馬や大脳皮質などの領域が、同記憶にとって重要な部位であることが明らかにされてきている。それらの場所に、同記憶にとって重要な神経回路が存在し、脳のほかの部位と連携しながらその機能を果たしていると考えられている。しかし、このような社会性記憶を司る脳の神経回路が、発達の過程でどのように作られるのかについては、まだわからないことが多いという。
グリア細胞の一種であるアストロサイトは、神経細胞への栄養の供給、神経回路の形成、脳内の炎症の制御など、多様な機能を持つ。また最近では、認知機能や情動にも関係するなど、重要な脳機能に関連することが理解されつつある。そこで研究チームは今回、マウスの脳においてアストロサイトのみの遺伝子操作を行い、そのマウスの社会性行動や神経回路を評価することにより、アストロサイトと社会性との関連を明らかにできるのではないかと考察し、実験を行ったという。
そして実験の結果、幼少期のアストロサイトにあるCD38遺伝子によって、社会性記憶を担う神経回路の形成が制御される仕組みが解明された。具体的には、「生後のアストロサイトが社会性記憶を制御していること」、「生後のアストロサイトが社会性記憶の神経回路を形成していること」、「アストロサイトが神経回路の形成を制御するメカニズム」の3点がわかったとした。
1点目の社会性記憶の制御については、生後のアストロサイトのCD38遺伝子を欠損させたマウスが、大人になった時の社会性行動を調べた結果、ほかのマウスへの興味は正常なのだが、ほかのマウスを記憶する能力に異常があることが判明。一方、大人のマウスのアストロサイトにおいてCD38を欠損させても、ほかのマウスを記憶する能力は正常だったという。この結果より、幼少期のアストロサイトにあるCD38遺伝子が社会性記憶に重要であることがわかったとする。
2点目の神経回路形成については、前述の制御と同様に、生後のアストロサイトのCD38遺伝子欠損マウスにおいて、社会性記憶にとって重要な脳領域である大脳皮質と海馬の神経細胞の観察を行ったとのこと。すると、神経細胞同士の結合(シナプス)の数が減少していることが確認されたという。この結果より、幼少期のアストロサイトにあるCD38が、社会性記憶の神経回路の形成に関与している可能性が見出されたのである。
アストロサイトの神経回路形成の制御メカニズムについては、同細胞がどのようにして社会性記憶の神経回路を制御しているかを調べるため、CD38遺伝子を持つアストロサイトと持たないアストロサイトのそれぞれの細胞から放出される分子の解析を行ったとする。その結果、CD38遺伝子を持たないアストロサイトでは、シナプスの形成を促す物質「SPARCL1」の放出が減少していることが突き止められた。つまり、アストロサイトはその細胞からSPARCL1を神経細胞に与えることにより、シナプス形成を促し、社会性記憶の神経回路が作られることが解明されたのである。
これまで、社会性における神経細胞の役割について多くの研究が行われてきたが、アストロサイトをはじめとするグリア細胞の役割に関する研究は少なく、今回の研究成果は世界に先駆けたものだという。研究チームは今後、社会性や高次機能におけるグリア細胞の役割に関する研究が、非常に注目されるようになると予想している。
またアストロサイトは、自閉スペクトラム症などの発達障害、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関与することも知られており、今回の研究を発展させることで、自閉症などの脳神経疾患の原因解明や治療法の開発につながることが期待されるとしている。