何もないところに映像が浮き上がり、映像を指で自由に操作する。
そんなSFのような世界が、もう目の前に迫っているという。
Apple Vision ProやGoogleの折りたたみスマホなど、新たなディスプレイ技術に関するニュースは日々更新され、話題が尽きることはない。今回焦点を当てる「空中タッチディスプレイ」は、公共の場にあるディスプレイの進化系として期待されている。
近未来的な雰囲気を漂わせる空中タッチディスプレイには、大きく分けて3つの“なぜ?”がある。
- 何もないところにモノが見えるのはなぜ?
- 映像が空間に浮かんで見えるのはなぜ?
- 触っていないのにタッチ操作できるのはなぜ?
今回の記事では、空中ディスプレイの3つの疑問について解説する。
空中ディスプレイの誕生
映像を空中に浮かんでいるかのように表示させる空中映像ディスプレイは、その理論研究が2000年以前から行われていた。実用化に成功したのは2011年で、日本の会社が最初に成功したそうだ。
2020年代には多くの展示会で空中ディスプレイが展示され、来場者の注目を集めた。新型コロナウイルスが流行した時期でもあったため、感染症のリスク低減にも繋がる新技術として、非接触のタッチディスプレイに期待が寄せられたのだ。
空中タッチディスプレイの将来的な利用イメージとして、試しに“空中に浮かぶ”デジタル地球儀を想像してみてほしい。空中に表示された立体的な地球儀はタッチすることができて、スワイプで回転させることもできる。いかにも近未来的な光景だろう。
この技術を中学生向けの理科の教材に応用すれば、自転や公転、月の満ち欠けについても、直感的に理解できるようになるかもしれない。また、地球儀上の気になった場所に触れることで、その地域についての情報を表示することもできるだろう。言葉や歴史はもちろん、実際の映像を表示させれば現地の植生や地形も手に取るように分かり、各地の地形についても、実際の様子を見れば理解しやすい。そこまで機能が充実すれば、理科に限らず社会の授業にも応用できる。
むろん教材に限らず、エンターテインメントやビジネスなどに広く使えると噂の空中タッチディスプレイ。その不思議な技術の中身に迫っていこう。
何もないところにモノが見えるのはなぜ?
空中に映像を表示させるためには、特別なディスプレイは必要なく、専用のプレートを従来のディスプレイの上に乗せるだけで、表示している画像を空中に映し出すことが可能になる、と聞く。ではその表示メカニズムとは、どういったものなのか。
いきなり少し脱線するが、まずは人間が目でモノを認識する仕組みを簡単に説明しよう。太陽や電球のような自ら発光している「光源」から出た光は、モノに当たると反射する。その結果、モノから光が出ているような状態になる。この“モノから出る光”を拡散光と呼ぶ。
人間は、モノが発した拡散光を眼で受け取り、網膜という場所で結像させ、電気信号へと変換して脳へ送る。脳は、送られてきた電気信号の情報をもとに、モノの形や色、明暗を判断する。これが、人間がモノを見る仕組みだ。つまり人間の目は、拡散光を受け取る作業に適応しながら進化してきたのである。
「モノがなくても、モノがある時と同じ拡散光を再現できれば、眼と脳はそこに物体が存在すると認識する」。これが、空中ディスプレイの基本となる発想だ。拡散光を操作して空中にモノがある状態を再現できれば、何もないところであっても、そこにモノがあるように見せることができるのである。
目に入る拡散光の情報をもとに人間が誤認識を起こしている例は、身近なところで体感できる。鏡の前に立ったとき、鏡よりも奥に自分がいるように見えるのもその一例だ。
自分自身の身体が反射した拡散光は、鏡で跳ね返って眼まで届く。鏡で反射してから目に到達する“自分からの光”を受け取った我々の脳は、身体が存在するのは情報がやってきた方向、つまり鏡の向こう側だと認識するのだ。
空中ディスプレイでも似たメカニズムを採用しており、何もないところにモノがあるように見せるため、大量の鏡を使って人間の目に届く情報を操作している。これが空中ディスプレイの秘密の根幹、いわゆるタネと言える。各メーカーの空中ディスプレイの仕組みを個々に説明することは難しいが、基本的にはこうした拡散光を空中に再現する仕組みで、見る人の目や脳を騙していると考えて良いだろう。