企業が長期的な成長を見据えるとき、欠かせないキーワードとなるのが「ESG」だ。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を合わせた造語であり、2006年国連にてPRI(責任投資原則)が発足したことを機に注目が集まるようになった。
ESGはよくSDGsと混同されがちだが、後者は持続可能な開発のための17の国際的な「目標」であり、そうした持続可能な社会を目指すための「手段」がESGである。SDGsを実現するためにも、ESGは避けては通れないのだ。
では、企業はどのようにESGに取り組めば良いのだろうか。また、ESGを実践することでどんなメリットが得られるのだろうか。5月15日~26日に開催された「TECH+ Business Conference 2023 ミライへ紡ぐ変革」の「Day3 金融とデジタル」にてエコノミストの崔真淑氏が登壇。ESG経営を加速させるためのデータ活用法について語った。
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ESG経営は企業価値を高めることが証明されている
ESGに取り組む企業は着実に増えているが、一方で「聞こえは良いが、コストがかかるだけではないか」という懸念を持つ経営者も多い。
だが、崔氏は「ESGには“やらないといけない理由”がある」と述べる。
根拠として挙げられるのが、ESG投資家の増加だ。崔氏が示したデータによると、企業のESGへの取り組みを重視して投資を行う「ESG投資」の額は年々増加しており、2021年には運用金額が1京円を超えるまでになっているという。つまり、巨額の投資マネーの獲得を目指すのであれば、ESGに注力することはもはや避けられない。
投資家がESGを重視するのには、もちろん明確な理由がある。近年、企業の時価総額を会計情報のみで説明することが難しくなり、非財務情報が大きな影響を与えるようになっている。この非財務情報こそがESGに大きく関わる部分であり、だからこそ投資家は企業のESGへの取り組みを重視し、ESG情報の開示を迫っているのだ。
崔氏によると、実際にESG経営に注力することで企業価値が上がることを示した研究データも出ているという。ただし、注意しなければならないのは、一部の企業ではむしろESG経営により企業価値が棄損されていることだ。
「ESG経営で企業価値を高めるポイントは、しっかりと本業に関連したESG経営を行うことです。例えば、デジタルプラットフォームを提供している会社が、本業から離れたところで環境への取り組みを行っても、そこからビジネスにどう展開できるのかが分かりません。その場合はお金だけを使っているとみなされ、企業価値は上がりにくいのです。あくまでも本業から離れないところでESGに取り組むことが重要になります」(崔氏)
ESG経営で成功したエーザイのデータ活用法
データを活用しESG経営で価値を高めた成功例として崔氏が紹介するのがエーザイだ。
経営者がESG経営に取り組む際、よくある悩みとして「ESG経営の効果をどのように数値で測れば良いのか」というものがある。エーザイはこのESG経営効果の可視化に取り組んだ。
その際に指標としたのがPBR(Price Book-value Ratio)だ。PBRとは、時価総額を純資産で割った数値であり、1倍を超えていれば「市場から高く評価されている」と言える。
エーザイはこのPBRが1倍を超えている部分について、「ESG経営の効果」だと判断することにした。
なぜなら、PBRを算出するには「資本コスト」が大きく関係してくるからだ。資本コストが下がればPBRが上がる。そして、資本コストが下がるということは不確実性に強い経営を実践していると想定できる。この「不確実性に強い経営」こそがESG経営である。すなわち、ESG経営は資本コストを下げ、企業価値の指標であるPBRの上昇につながると言えるのだ。
では、どうすればPBRを上昇させられるのか。
エーザイは社内データを蓄積し、「何をすればPBRが上昇するのか」を実証研究した。すると、ESGに注力して経営することでPBRが向上するという試算結果が出たのである。
具体的には、「人件費投入を1割増やすと5年後のPBRが13.8%向上する」「研究開発費を1割増やすと10年超でPBRが8.2%向上する」「女性管理職比率を1割改善すると7年後のPBRが2.4%向上する」「育児短時間勤務制度利用者を1割増やすと9年後のPBRが3.3%向上する」といったものだ。
こうした研究を基にESG経営を推し進めた結果、エーザイは株価評価を大きく上げることに成功した。