金沢大学(金大)は5月30日、ヒラメ(Paralichthys olivaceus)を能登の海洋深層水あるいは表層水で10日間高密度飼育したところ、飼育前に比べて、ストレスホルモンのコルチゾルが前者では変化せず、後者では上昇することが見出されたと発表した。
さらに、深層水からヒラメのコルチゾルを低減させる物質「キヌレニン」を同定したことも併せて発表された。
同成果は、金大 環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授、金大 理工研究域 生命理工学系/能登海洋水産センターの松原創教授、富山県立大学の古澤之裕准教授、富山大学の田渕圭章教授、立教大学(前東京医科歯科大学)の服部淳彦特任教授、同・丸山雄介助教、公立小松大学の平山順教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
海洋深層水とは、水深200m以深の海水のことを示し、低温で、豊富なミネラルや無機栄養分を含み、細菌数が少ないという特徴を有する。また海洋深層水は、魚を含めた海産動物の生育を改善する効果が経験的にあることから飼育水などに利用されているが、その科学的な根拠は明らかになっていなかったという。
そこで研究チームは今回、大きな水槽で馴化したヒラメを能登の海洋深層水で飼育した群と表層水で飼育した群とに分けて、狭い水槽で飼育するという密度ストレスをかけ、エサを1日1回与えて10日間の飼育を実施。そして、ヒラメを狭い水槽に移す直前、飼育5日目および飼育10日目に採血を行って、ストレスホルモンであるコルチゾルを測定したとする。
その結果、表層の海水で飼育した場合には血液中のコルチゾル濃度が上昇することが確認されたが、能登の海洋深層水で飼育した場合はコルチゾル濃度は上昇しないことが判明した。また血液中のカルシウム濃度のみが低下したことから、その効果があるホルモンであるカルシトニンの濃度が上昇することも突き止められたという。
次に、能登の海洋深層水と表層の海水の組成が調べられた。その結果、能登の海洋深層水にはインドール化合物の一種であるキヌレニンが特異的に存在することが確認された。このことから研究チームは、キヌレニンがカルシトニンの分泌を促しているのではないかと考えたという。その理由には、別のインドール化合物であるメラトニンがウロコの骨芽細胞の活性を促進させ、カルシトニンの分泌を促すことが証明されていたことが挙げられるとする。
研究チームはこれを受け、キヌレニンが骨芽細胞に作用してカルシトニンの分泌を促している可能性があると推測。そしてキヌレニンの作用を詳しく解析したという。すると、キヌレニンがウロコの骨芽細胞に作用して、カルシトニンの分泌を促していることが明らかにされた。
また、人工海水にキヌレニンを添加してヒラメの飼育を行った結果、血液中のコルチゾルおよびカルシウム濃度が低下し、カルシトニン濃度が上昇することが確認された。さらに、ヒラメの脳の網羅的解析により、カルシトニンが脳の視床下部の「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン」(crh)および脳下垂体の「プロオピオメラノコルチン」(pomc)の発現を抑制することも解明されたとする。
以上のことから、能登の海洋深層水に含まれているキヌレニンがウロコの骨芽細胞に働き、カルシトニンをヒラメの血液中に分泌させ、そのカルシトニンがコルチゾルの分泌に関与する副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンおよびプロオピオメラノコルチホルモンの発現を抑制することが証明されたとしている。
研究チームは今後、ヒラメ以外の魚(トラフグなど)においても飼育実験を行い、海洋深層水の効果を確認していくことを計画しているとする。また、能登の深層水で飼育した魚を能登町の観光資源として活用していくことを考えているとのことだ。