シスコシステムズ(シスコ)は5月24日、フラッグシップイベント「Cisco Connect Japan 2023」を開催した。今回のテーマは「テクノロジーでつながるインクルーシブな未来」。オープニングセッションには、代表執行役員社長の中川いち朗氏が登壇し、同社の戦略と現在地を説明した。本稿では、シスコが掲げる4つのプラットフォーム戦略について整理していこう。
4つのプラットフォーム戦略
シスコは、「アプリケーションの再構築」「ハイブリッドワークの実践」「企業全体のセキュリティ」「インフラストラクチャの変革」というプラットフォーム戦略を掲げている。
アプリケーションの再構築
「新しいデジタルビジネスモデルと収益源を確立するのはアプリケーションだ。ユーザーが求める最高の体験を提供することが、今後のビジネスの成功の鍵となる」ーー中川氏はこう切り出した。
続けて、中川氏は「これからはハイブリッドマルチクラウド環境の中で、アプリケーション間の相互依存関係が深まると同時に、クラウドやオンプレミスなど稼働環境が混在、分散化し、ますます複雑化していくだろう。アプリケーションの脆弱性を未然に防ぎ、ユーザーデータを保護することが重要だ」と、アプリケーションの開発と運用の複雑さを軽減すべき理由を説明した。
シスコはアプリケーションの可視化と最適化を目指す。アプリケーションのリソースやセキュリティの状況を把握し、それぞれのアプリケーションの依存関係を可視化する。具体的には、アプリケーションにおける可視化を、2017年に買収を完了した米AppDynamicsのモニタリングツールで実現する。またインフラの最適化と運用を「Cisco InterSight」が、クラウドや外部からのインターネットアクセスの可視化を、2020年に買収した米ThousandEyesのソリューションがそれぞれ実現していく。
「複数のツールを組み合わせてシステム全体を俯瞰できる統合ダッシュボードを提供し、インターネットとバックエンド処理の相関性の把握、トラブルの原因解明の早期化などにつなげていく」(中川氏)
ハイブリッドワークの実践
2つ目のプラットフォーム戦略は「ハイブリッドワークの実践」だ。
コロナ禍を経て、オフィスの存在意義が大きく変わった。オフィスは作業の場ではなく、チームビルディングや共同作業を行い、イノベーションを生み出す場と変化している。一方で、リモートワークの価値も再認識された。
中川氏は、「次世代型オフィスとホームオフィスを中心に、どこからでも高い生産性を維持しながら仕事ができ、それらを業務内容や目的に応じて使い分けるハイブリッドワークがこれからの働き方となるだろう」と、ハイブリッドワークの重要性を説明した。
ハイブリッドワークを支えるプラットフォームの中心となるのが、ビデオ会議アプリケーションの「Cisco Webex」だ。ミーティングだけでなく、メッセージや電話、コンタクトセンターとして活用することができ、場所やデバイスを問わずセキュリティが担保されたクラウド上で企業全体のコミュニケーションを実現できる。
デバイスのラインアップも拡充しており、「個人ユースの小さなものから数十人用の会議室向けの製品まで、用途に応じた専用端末を幅広くそろえている。また、Microsoftとの連携によりTeamsがデフォルトで稼働できるようになった」(中川氏)
中川氏は、「ハイブリッドワーク環境は、コラボレーションツールだけでは実現できない。どこからでも安全に早く接続できるセキュアなネットワークがなければ機能しないだろう。ビデオ会議システムだけでなく、ネットワークセキュリティまですべてを提供できるのはシスコだけだ」と、同社のアドバンテージを強調した。
企業全体のセキュリティ
3つ目のプラットフォーム戦略は「企業全体のセキュリティの担保」だ。
中川氏は、「今後のセキュリティ対策は『境界型』から『ゼロトラストモデル』への変革が求められている。100%の防御は困難であり、侵入されることを想定して、リスクの早期発見、早期検知、早期対処を実現するセキュリティレジリエンスが重要だろう」と、説明した。
続けて、「このセキュリティレジリエンスを実現するためには、点での対策ではなく線へ、線から面への対応に変える必要がある」と語り、3つの柱から成るセキュリティクラウド戦略について説明した。
同社が掲げるクラウドセキュリティを支える1つ目の柱は、グローバルでコネクティビティを提供するSASEソリューション。2つ目の柱は、あらゆるユーザーやデバイス、いかなる状況でも信頼性をその都度継続的に確認するゼロトラストアクセス。3つ目の柱は、複雑な環境でも迅速に脅威の予防検知に対応する「Extended Detection and Response(XDR)」。これらはすべてクラウド型で提供されるため、メンテナンスや拡張がしやすいとしている。
インフラストラクチャの変革
最後のプラットフォーム戦略は「インフラストラクチャにおけるテクノロジー変革」だ。
Wi-Fi 6や、プライベート5G、ハイブリッドクラウドなどインフラストラクチャにおけるテクノロジーが進化し、複雑化している。基盤となるネットワークには可視化や自動化、さらにはサステナビリティなど戦略的な対応が求められている。
「シスコのアプローチは明確。ネットワークに関わるインフラをよりシンプルにすること。加えて、あらゆるテクノロジーやドメインネットワークの境界線をなくしていくことだ」と、中川氏は説明した。
そのために同社は、ハードウェアをシンプルにするシリコンに投資を集中している。最先端の「Cisco Silicon One」を搭載したルータは、従来のルータと比較して、帯域は77倍、消費電力は38分の1、重量は64分の1だという。
また、オプティクスもハードウェアのシンプル化の重要な要素とのこと。シスコは2021年に約5000億円で買収した米Acacia Communicationsの光伝送技術を活用し、「トランスポンダー」と呼ばれる伝送中継装置の大幅な小型化に成功した。その結果、トランスポンダーをルータに搭載することが可能になり、IPと光の融合であるアーキテクチャ「Routed Optical Networking」をシンプルに構築することができるようになった。「消費電力が90%以上削減できるアーキテクチャで、シリコン同様に企業のサステナビリティに貢献できる」(中川氏)
そして、管理や運用をシンプルにするソフトウェアへの投資も欠かせない。中川氏は、「統合されたダッシュボードなどクラウドベースのマネジメントソフトウェアをフル活用して、ドメインの境界を意識することのないインフラストラクチャへの変革を後押ししていく」と、説明した。
「やわらかいインフラ」の実現に向けて
そして中川氏は最後に、「やわらかいインフラ」の実現に向けた戦略を発表した。
「シスコでは、既存のレガシーシステムから柔らかいインフラストラクチャへのマイグレーションを提唱している。これは、先述した4つのプラットフォームを掛け合わせ、クラウドファーストの新しいプラットフォームへマイグレーションし、個別最適から全体最適のシステム移行を実現する考え方だ」と説明。
続けて、「レガシーとクラウドで混在したIT環境の全体を俯瞰しながら、コネクト、セキュアオプティマイズ、オートメイト、オブザーブのための機能を、統合的かつ段階的に提供していく。ビジネスの成長や環境変化に合わせて動的にインフラを拡張して運用していく必要がある」と、補足した。
中川氏は、「シスコは、もはやインフラだけを提供する会社ではない。単なる信頼される製品ベンダーという位置づけからもう一歩踏み込んでいきたい」と語り、講演を締めくくった。