世界中から熱視線を浴びている生成AI「ChatGPT」。この7文字を目にしない日がないほど、世界各国で新しいテクノロジーに関する議論が巻き起こっている。

規制を講じる国がある一方で、日本では比較的ポジティブな活用事例が相次いでいる。例えば、パナソニック ホールディングス(HD)は4月14日、ChatGPTの技術を活用した「PX-GPT」を開発、約9万人の社員を対象に展開している。また、「みんなの法律相談」を運営する弁護士ドットコムは、ChatGPTを使った相談サイトを6月までに開設し、法律に関する質問に自動で回答するサービスを始める予定だ。

インターネット大手のサイバーエージェントも、ChatGPTを積極的に活用しようとする企業の一社だ。同社はChatGPTによってデジタル広告の運用にメスを入れる。ChatGPTの活用で、現在月間で広告オペレーションにかかっている総時間約23万時間のうち、30%にあたる約7万時間の削減を目指している

具体的に、ChatGPTをどのように活用して、作業時間を大幅に削減させるのだろうか。今回のプロジェクトを牽引する「ChatGPTオペレーション変革室」局長の紺屋英洸氏に直撃した。

  • オペレーションテクノロジー本部 「ChatGPTオペレーション変革室」局長 紺屋英洸氏

    オペレーションテクノロジー本部 「ChatGPTオペレーション変革室」局長 紺屋英洸氏

ChatGPTでコミュニケーションを変える

--デジタル広告の運用にChatGPTをどのように活用するのでしょうか。

紺屋氏:正確に言えば、ChatGPTの導入はまだです。今は、広告オペレーションにおける作業時間を大幅に削減することを目的として「ChatGPTオペレーション変革室」を立ち上げた段階です。

デジタル広告の効果を最大化させるためには、細かな広告配信設定や効果に応じた運用改善、レポート作成など多くの作業が必要です。当社の場合、1時間に1回のタイミングで入札を変更するなんてことも多いです。そこで、広告オペレーションにかかっている作業時間を算出したところ、月間で約23万時間に上ることが分かりました。そのうち30%にあたる約7万時間の削減を、ChatGPTの活用で実現したいと考えています。

世界の事例を集めながら慎重に対応していきたいと考えていますが、まず最初に手を付けたいのは「コミュニケーションの効率化」です。

例えば、海外拠点とのコミュニケーション。インターネット広告事業を手掛ける子会社のシーエー・アドバンスにはベトナムに拠点があり、約400名のベトナム人がオペレーターとして勤務しています。

全従業員が会話レベルの日本語を習得してますが、テキストベースのコミュニケーションとなると、理解しづらい内容になっている場合も多いです。そこで、文章を要約できるChatGPTを活用することで、会話のキャッチボールの回数を減らし、オペレーションにかかる時間を削減できると考えています。

--7万時間の削減に成功したら、人件費の削減にもつながりそうですね。

紺屋氏:僕たちはコストカットの側面よりも、削減できた分の工数を他の業務に充てたいと考えています。なぜなら、広告代理業界はとんでもないスピードでさまざまな事業が立ち上がるからです。

例えば、今まではFacebookやGoogleといった媒体しかなかったところ、最近はTikTokやPinterestといった新興の媒体が次々と誕生しています。われわれはその新しい媒体のオペレーションをすぐに立ち上げないといけません。

そうなったとき、やはり人材が重要になってきます。新しい人材を採用することも重要ですが、効率化できていない業務をテクノロジーで圧縮して生まれた余力を活用するほうが、迅速に新しい何かに挑戦できると思っています。

今回の取り組みに関しても、コストカットではなく、どんどん新しいことにチャレンジできる環境を整えることに重きを置いています。スピード感を持ってお客様の広告効果を最大化するため、常に「新たなチャンスに向かってオペレーションの人員を最適に配分したい」と、われわれは考えています。

たまたまChatGPTだっただけ

--なるほど。ChatGPTの活用に対する取り組みのスピードも早いと思います。何か秘訣はあるのでしょうか。

紺屋氏:広告効果を最大化するためのチャンスを常に伺っているので、自ずと決断のスピードも早くなりました。

常に最新のテクノロジーにアンテナを張り、業務の最適化、生産性の向上につながる技術はないかと探しています。そこで、たまたまChatGPTという世の中を変えられそうな技術が出てきたので、早速取り入れたというだけの話ですね。

例えば、入札やクリエイティブの入稿回数などは実行ログとしてずっと貯めていて、いつでも活用できる状態にしています。クライアント情報はセキュリティリスクの観点から、まだ踏み込めていないですけど。

だから準備が必要ないんです。「新しいテクノロジーにすぐ対応できる状態を維持する」というのが私たちのモットーなので、AIだけにこだわらず、武器になるテクノロジーだと判断すれば、すぐに取り入れたいと考えています。

取り入れるべきテクノロジーを見極める

--ChatGPTの活用を禁止している国や企業も少なくないです。ChatGPTが生み出すリスクにどのように対応していくのでしょうか。

紺屋氏:セキュリティ面はかなり調査しようと思っています。モデルの学習には用いられないと明記されているAPI連携のみを利用し、どこまでの情報をChatGPTに渡せるのかといったことを、抜かりなく社内で議論したいです。

その上で、どのサービスどの社内のオペレーションを圧縮できるのか、あるいは、自動回答などのサポートツールに置き換えられるかといったことを見極める、今はそういうフェーズです。規約変更やアップデート情報といった最新の動向とリスク対応策を踏まえた上で取り組みを設計していきます。

ポリシーの策定も今ちょうど議論している最中です。サービスを作る上でのポリシー、社内での利用に関するポリシーの2つを定めたいと思っています。気を付けたいのは、「ChatGPTはすべてを解決してくれる魔法」と勘違いしないこと。

「とりあえず、ありったけのデータを読み込ませてなにかしよう」といった短絡的なことは全く考えてなくて。お客様の情報が絶対に漏れないと確信するまで、クライアント情報はChatGPTに読み込ませんし、迷惑をかけるようなことはしないように細心の注意を払っています。

確証を握った上で、社内のオペレーションを一気に変革していきたいですね。

--最後に、ChatGPTの導入に踏みとどまっている企業に対してメッセージをください。

紺屋氏:ChatGPTの到来は、広い意味でAIが民主化された産業革命だと捉えています。

したがって、業種問わずすべての業界で、新しいことにチャレンジしたほうがメリットは大きいはずです。ただ、セキュリティ面が心配という懸念も理解できます。そこに対する議論をしっかりした上で、新しいものは怖がらずにチャンスとして捉えてどんどん取り入れ、グレーな部分はきちんとシャットアウトする。見極めながらテクノロジーを取り入れるべきだと個人的に思っています。