製薬大手アステラス製薬の中国現地法人幹部の日本人男性が3月、反スパイ法に違反したとして当局に拘束された。反スパイ法が施行された2014年以降、これで拘束された日本人は17人目となる。その後、日本の林外相が中国を訪問して中国外相などと会談し、早期の釈放を要求したが、中国共産党系の新聞は、日本が米国の手先となるならば建設的かつ安定的な日中関係の構築は不可能だと強くけん制した。
邦人拘束はいわゆるチャイナリスクの1つに過ぎないが、米中対立や台湾情勢など先行きが懸念される地政学リスクを考慮し、最近脱中国依存を巡る企業の動きが広がっている。たとえば、大企業の中では、キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長は昨年10月、中国や台湾を巡る情勢に懸念を示し、中国にある工場の展開など生産拠点で日本への回帰や第三国への移転の可能性を示唆した。
大手自動車メーカーのホンダは昨年8月、国際的な部品のサプライチェーンを再編し、中国とその他地域の切り離しを進める方針を示し、マツダも昨年8月、自動車製造部品の対中依存度を下げていくと発表した。
国際政治的に考え、今後米中の力の拮抗はますます顕著になることから、米中対立はさらに激しくなり、それによって日中関係も冷え込んでいく可能性が非常に高い。これに沿って行けば、日本企業の脱中国依存を巡る動きはさらに活発化することだろう。
しかし、今日、脱中国依存を進める企業は新たな悩みに直面している。それは、代替国が抱える経営リスクである。経営リスクといっても、法務リスクや労務リスク、治安リスク、政治リスク、自然災害リスク、経済リスクなど多岐に渡るが、ここではそういった企業関係者たちと意見を交わした具体的なケースを紹介したい。
まず、中国に代わる存在として最近注目を集めているのがインドだ。インドは日本と価値観を共有し、人口で中国を追い抜き、今後経済成長が期待できる国であり、近年日本企業も注目している。しかし、インドシフトを検討する企業関係者からは、「中国より経営リスクが多岐に渡る」と心配の声も聞こえる。確かに、インドには反政府デモや宗教・民族対立、テロなどの政治リスクのほか、深刻化する大気汚染や公衆衛生など日常生活を送る上で中国よりリスクが高いと言えよう。同関係者の中には、「脱中国を図るものの、総合的に考えれば“中国回帰”するしかないのでは」と不安の声も聞かれる。
また、インドネシアやマレーシア、タイやベトナムなどASEANは長年日本企業にとってなくてはならない進出先だが、中国からASEANシフトを図る企業関係者からは、「リスクはあってもこれまで中国とはウィンウィンの関係だったが、中国経済の影響力が強いASEANへシフトすれば、今後は中国が競争相手となる」、「ASEANでは中国の影響力が強まっている。競合することになれば勝てないのでは」といった不安の声がある。確かに、ASEANの中でもラオスやカンボジア、ミャンマーは親中的で、経済的に中国依存が極めて強く、そういった市場は日本企業にとって厳しいかもしれない。また、国によってリスクは異なるものの、ASEANにも中国では考えにくい反政府デモやテロなどのリスクが付きまとい、ASEANシフトを図る日本企業は新たな経営リスクに直面することになる。中東やアフリカにも目を向ける日本企業もあるが、最近脱中国依存を進める企業はその狭間で悩んでいる。