大阪公立大学(大阪公大)は3月8日、レプトン(軽粒子)の一種であるニュートリノの質量行列の各要素を解析し、レプトンの「世代間混合」が大きくなることを理論的に示したことを発表した。

さらに、3世代のニュートリノ質量の2乗差計算が、「タイプ1シーソー機構」の場合の実験結果とほぼ一致する理由を、数学のランダム行列理論を用いることで、現段階ででき得る限り証明できたことも併せて発表された。

同成果は、大阪公大大学院 理学研究科の波場直之教授らの研究チームによるもの。詳細は、日本物理学会が刊行する理論物理と実験物理を扱う欧文オープンアクセスジャーナル「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。

物質の素粒子(クォークとレプトン)、力の素粒子(ゲージ粒子)、質量の起源となる素粒子(ヒッグス粒子)の3パーツからなる、素粒子物理学の理論的な枠組みが「標準模型」だ。ただし、同理論は決して完成しておらず、未解決の謎も少なくない。たとえば、標準模型ではニュートリノに質量はないとされているが、質量がなければ説明ができない「ニュートリノ振動」が確認されたことで、東大の梶田隆章教授がノーベル賞を受賞したのはよく知られた話だ。

標準模型において、クォークとレプトンは現時点で12種類と考えられている。その内訳は、陽子や中性子などを構成するクォークが3世代2種類ずつの合計6種類と、電子やニュートリノなどの仲間のレプトンが同様に3世代2種類ずつ、合計6種類だ。世代の違いは質量が違うことを表しており、第1世代から第3世代へと順に重くなっていく。ただし、中性レプトンであるニュートリノの質量だけは少々特殊で、ほかの素粒子と比べて非常に軽く、世代間の質量差も小さいことがわかっている(ニュートリノの質量は極めて小さいことはわかっているが、正確な値は計測できていない)。

電子ニュートリノ、μ(ミュー)ニュートリノ、τ(タウ)ニュートリノのニュートリノ3世代の質量は、標準模型において3×3の「ポンテコルボ・牧・中川・坂田行列」で表される。ニュートリノはほかの素粒子に比べて世代ごとの質量差が少ないことがわかっていることから、研究チームは今回、「ニュートリノは世代間で質量がおおむね等しい」という原理があると考え、ニュートリノ質量行列の各要素をランダムに振り分けて解析したという。

そして解析の結果、レプトンの世代間混合が大きくなることが明らかになったとする。なおこの結果は、研究チームのメンバーが以前の研究で導き出した結果とも一致したという。なお世代間混合とは、クォークとレプトンにおける質量と弱い相互作用の固有状態のミスマッチのことで、クォークでは小さいが、レプトンでは大きく、その理由は未解明となっている。

また、タイプ1シーソー機構と呼ばれる、ニュートリノの極微質量が実現されるメカニズム(シーソー機構には複数のタイプがある)が働くとした場合、3世代のニュートリノの質量の2乗差が実験結果とほぼ一致することが以前の研究成果にて提案されていた。しかし、その理由は不明だった。

そこで今回の研究では、タイプ1シーソー機構以外のニュートリノ質量行列についての検討も行ったという。そして、3世代のニュートリノの質量の2乗差についての計算を行ったところ、タイプ1シーソー機構の場合が実験と最も合致することが確認されたとする。

  • 横軸はニュートリノの質量2乗差比の常用対数、縦軸はその確率分布。色の異なるヒストグラムは、さまざまなシーソー機構での確率分布。縦の赤線・青線は、ニュートリノ質量2乗差比の常用対数の実験値(1σ・3σ誤差)。オレンジ色のタイプ1シーソー機構の確率分布が実験値と最も合うことがわかる(実験値を再現する確率において、5種類のうちタイプ1が最も確率が高い)

    横軸はニュートリノの質量2乗差比の常用対数、縦軸はその確率分布。色の異なるヒストグラムは、さまざまなシーソー機構での確率分布。縦の赤線・青線は、ニュートリノ質量2乗差比の常用対数の実験値(1σ・3σ誤差)。オレンジ色のタイプ1シーソー機構の確率分布が実験値と最も合うことがわかる(実験値を再現する確率において、5種類のうちタイプ1が最も確率が高い)(出所:大阪公大プレスリリースPDF)

さらに、ニュートリノ質量の階層性を、ランダム行列理論を用いて数学的に説明できることも判明。ただし、この証明は「現段階で、でき得る限り」のもので数学的に完全ではなく、今後のランダム行列理論の発展により、より厳密に証明されることが期待されるとしている。研究チームは今後も、まだ理論的にも実験的にもまったくその本質がわかっていない素粒子の3世代コピー構造の解明へ向け、挑戦を続けていくとした。