CES 2023は、「ディスプレイ」というハードにとって大きな変化が見えた年になる。

過去のCESでは大手家電メーカーが大画面TVを前面に出してその技術を競ってきたが、今年はその様な状況が一変した。典型的な例がSamsungである。

昨年までは、大画面TVなどを一般公開の中心に据え、そこに搭載されている様々なハードウエア技術を誇示する内容であったのに対して、今年は「サステナビリティー」を前面に出しハード物は一切姿を消した。この大きな変化に対する見方はいろいろあり、ディスプレイ技術が飽和し市場にも一通り行き渡ったという捉え方も一理ある。今後の方向は、「今あるハードを使って如何に人々の生活に役立てていくか」という視点に向かっていくと言えるだろう。

その様な状況の中で、「ディスプレイの将来の姿」を見せた展示があった。ジャパンディスプレイ(JDI)の透明ディスプレイである。JDIの透明ディスプレイは、既に12型サイズのものを発表して双方向の自動翻訳ツールとして出している。今回のCES 2023では、20型サイズのものを発表し、AIによる双方向のデザインツールとしての使い方を提案するデモを行った(図1)。

  • JDIの透明ディスプレイを搭載したスタンドアローン型のツール

    図1 JDIの透明ディスプレイを搭載したスタンドアローン型のツール。音声入力により、内部に搭載したAIが独立した判断で画面に最適な画像を表示する。この自立型ツールのデザインは、今回出展したブース全体のオーナーであるTripod Designによるものである (著者が会場で撮影)

今回の出展品では、AIを搭載したスタンドアローン型ツールとしての機能をデモしていた。外部のネットワークに繋げることなく内蔵されたAIが独自で判断し、デザイナーの作業を支援するというツールである。画面を見ながらデザイナーが音声入力でキーワードを入力するとAIが最適な画像を選んで画面に表示する。透明な画面の両側に立つデザイナーが、画面越しに互いの顔を見ながら、交互に意見を出し合いながらデザインを創り上げていくという使い方を提案している(図2)。この様な作業を従来のディスプレイで行おうとすると、ディスプレイの片側に2人のデザイナーが横に並ぶ事になる。透明ディスプレイを使えば、向き合う形で相手の反応を見ながら作業が出来る。

  • JDIの透明ディスプレイを使ったデザイン作成のデモ

    図2 JDIの透明ディスプレイを使ったデザイン作成のデモ。デザイナーは透明スクリーンの両側で互いの顔を見ながら向かい合い、音声入力でAIが画面上に表示した画像を見ながら交互に作業を行う (著者が会場で撮影)

JDIの透明ディスプレイは透過率が80%程度と高く、かつ画面の両側から画像が見えるという特徴があるため、今回の様な使い方が可能になった。透明ディスプレイでは、LGが既に数年前から55型クラスの大画面の製品を出している。透過率は40%程度である。今回のCESでも展示していたが、この場合の訴求点としては、家具としてのTVを「普段使わない時には透明にして存在感を消す」という使い方になる。その為、映像を映し出す際には、透明感を無くすために裏面に遮蔽板が必要になる。

AIによって「ディスプレイが人格を持つ」時代がくる

AIは既に各社の大画面TVに採用されており、コロナ禍前のCESでは「AI搭載」のアピールが花盛りであった。この場合のAIの役割は、「表示する映像をAIによって補正し、よりリアルに見せる」という使い方である。例えば、明るい風景の中に暗い陰の部分がある場合、ダイナミックレンジが低いと、陰の部分にある映像が真っ黒くなって埋もれてしまう。その為この暗い部分をAIによって判断し補正をかけて見えるようにし、見かけのダイナミックレンジを上げるという使い方である。ダイナミックに変化する映像を瞬間瞬間で補正しながら綺麗な映像を流すという点で、AIの機能は欠かせない物になっている。

ディスプレイは、これまで「画質を如何に高めるか」という視点でハードウエアの開発競争が繰り広げられてきた。その結果、メーカー各社で様々な技術が開発され、ディスプレイ表示技術の進化を支えてきた。現在、ディスプレイの表示技術は相当なレベルに達しており、メーカー各社の様々な技術の差異を一般消費者は認識できないところまで来ている。

今後のディスプレイの進化の方向は、ハードの競争よりも「如何にして人々の生活に役立つ物になるか」という視点に移っていくことになるだろう。ディスプレイ画面上には膨大な情報が表示される。その膨大な情報をどのように活用するかは、一人一人の人間の判断力を遙かに越えている。そこにAIのサポートがあれば、思いもよらない新たな発見をディスプレイ上で見つけることも可能になってくる。

今回のJDIの展示デモは、AIがデザイナーの作業を支援するという提案であったが、AI自体も進化してくれば「一人のデザイナー」としての機能(人格)を持つことも予想される。このような「人格を持つディスプレイ」が我々の回りに増えてくれば、人々の生活も大きく変わってくるだろう。今回のJDIの展示は、将来のディスプレイと人々の生活の1つの方向性を示すものになっていた。