富士通は11月8日、分子の性質や構造を電子や原子の相互作用をシミュレートして解析する量子化学計算の問題に対して、量子コンピューティング技術とHPCを組み合わせ、自動的にハイブリッド計算を行う「量子・HPCハイブリッド計算技術」を開発したことを発表した。

量子コンピューティング技術は特定の問題に対して性能を発揮する特化型のため、利用者が自身で解きたい問題を最適に解けるコンピュータを選択するとともに性能を最大化するには多くの専門知識が必要となる。

さらに今後は、複数のコンピュータを組み合わせて問題を最適に解けるようになる一方で、専門家でも特化したコンピュータと問題の特性を結び付けて選択することは困難となり、次世代コンピューティング技術を社会課題の解決に広く適用するにあたり大きな課題となるという。

そこで同社は、専門的な知識なしで次世代コンピュータを容易に利用できる新たなソフトウェア構想「Computing Workload Broker」の実現を目指し、今回、その先駆けとなる量子・HPCハイブリッド計算技術を開発することにしたとする。

Computing Workload Brokerは、量子化学計算の分野に限らず、利用者が解きたい問題に応じて、大規模なHPCクラウドや量子コンピューティング、デジタルアニーラ、量子シミュレータなど、利用者のニーズに合った適切な計算資源をAIが自動で選択し、複雑な問題であっても専門知識なしに高速かつ高精度な演算を可能にするソフトウェア構想。複数のハードウェアデバイス単位の計算処理最適化やプラットフォーム単位の計算配分最適化などの自動化をサポートするため、利用者の解きたい問題に応じて高速に計算する環境を実現するという。

今回、創薬や新材料開発で利用される物質の特性を計算によって明らかにする量子化学計算の分野において、Computing Workload Brokerの先駆けとして、量子シミュレータとHPCの2種類のコンピュータを自動で最適に組み合わせて高精度と高速性を両立して計算する量子・HPCハイブリッド計算技術が開発された。

従来の技術では、1つの計算アルゴリズムの中で、量子コンピュータやHPCといったハードウェア層の手段を組み合わせるだけに留まっていたとする。それに対し、今回の技術ではそれを拡張し、量子アルゴリズムやHPCアルゴリズムといった、より上位層で複数のアルゴリズムの自動的な組み合わせが行われる。具体的には以下の2点の技術からなるという。

  1. 量子・HPCアルゴリズム判別技術
  2. 計算時間推定技術

量子化学計算で用いられるアルゴリズムでは、精度の高い解を得るまで何度も反復計算する必要があり、原子間の距離の変化に伴い、量子、もしくはHPCのどちらのアルゴリズムが最適なのかを適切に判断できない課題があったという。そこで今回は、分子に対するアルゴリズムの収束の様子を分析することで、どちらのアルゴリズムを用いると精度が高いのかを推定可能な技術を開発したとする。HPCアルゴリズムが精度的に不得意とする問題では、アルゴリズムが解を算出するまでの収束状況に特定のパターンが検出されるため、問題に対して試験的にHPCアルゴリズムで前処理を実行することにより、最適なアルゴリズムの判別が可能となるという。

  • 従来技術と今回の開発技術との違い

    従来技術と今回の開発技術との違い (出所:富士通Webサイト)

また量子化学計算では、無数に存在する分子構造ごとの収束性の正確な推定が難しく、事前に精度の高い解を得るための時間や費用の見積りが困難なことも課題だったとする。そこで今回は、独自に開発を進めてきた適応型AI技術を用いることにしたという。分子構造とアルゴリズムの反復計算と計算時間の関係性を学習することで、事前に計算量を推定可能なAIモデルを構築。精度の高い解が得られるまでの計算量をもとに、必要な時間や費用の算出を実現したという。

利用者は、この2つの技術により得られた量子・HPCアルゴリズムの判別情報や、推定の計算時間と費用に加え、計算資源の使用状況も加味することで、希望する計算時間や費用に応じて量子化学計算の性能を最適化することができるとした。これにより利用者は、量子・HPCといった計算資源を意識せずに、自身の要望に最も沿う形で、量子化学計算の問題を解くことが可能になるという。

  • 量子・HPCハイブリッド計算技術の概要

    量子・HPCハイブリッド計算技術の概要 (出所:富士通Webサイト)

同社は今後、量子・HPCハイブリッド計算技術の有効性検証やさらなる技術開発を進め、将来的にComputing Workload Brokerを「CaaS(Computing as a Service)」の技術として適用するなど、さまざまな形でユーザーに提供することを通じて、誰もが容易に最先端のコンピューティング技術を利用可能にすることを目指すとしている。