ヨーロッパの宇宙ロケット打ち上げ企業である仏アリアンスペースは10月27日、ステファン・イズラエルCEOが来日して同社の事業の最新状況を報告した。イズラエルCEOによる記者会見は2019年に開催された後、新型コロナ問題のため2年間行われておらず、3年ぶりの開催となった。

  • ステファン・イズラエルCEO

    アリアンスペースのステファン・イズラエルCEO

商業宇宙ロケットのパイオニア

まず、アリアンスペースとはどんな企業なのか、概要を確認しよう。

アリアンスペースはヨーロッパの宇宙ロケット打ち上げを担う企業で、アリアングループの子会社となっている。アリアングループはアリアンロケットの製造を担っており。アリアンスペースはロケットの運用と、商業打ち上げの受注を担当する。航空機で言えば航空会社に相当する企業と言えるだろう。

ヨーロッパ諸国は共同で欧州宇宙機関(ESA)を運営しており、ESAが開発した大型ロケットのアリアン5、小型ロケットのヴェガを用いてヨーロッパの人工衛星打ち上げ能力を提供するのがアリアンスペースの役割だ。発射場は、フランス国立宇宙研究センター(CNES)がフランス領ギアナに設置しているギアナ宇宙センターを利用している。

  • アリアンスペースの概要

    アリアンスペースの概要

さらに、アリアンスペースが受注した打ち上げにロシアのソユーズロケットを使用する事業も行っており、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地、ロシアのボストーチヌイ宇宙基地のほか、ギアナ宇宙センターからの打ち上げも行っている。

アリアンスペースは商業打ち上げのパイオニアでもある。世界の商業静止通信衛星の半分以上はアリアンスペースが打ち上げたものだ。またアリアンスペースは1986年に東京事務所を開設して以来、日本との関係も深い。日本の衛星テレビ放送に使用する放送衛星を運用するBSATは、12機の放送衛星全てをアリアンスペースが打ち上げた。またスカパーJSATは、21機の通信衛星をアリアンスペースで打ち上げている。

ロシアの侵攻で大きく転換

過去3年間、というより2022年はアリアンスペースにとって、激動の時期だったと言えるだろう。ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアとの宇宙協力も停止したからだ。

  • アリアンスペースの現行ロケットの概要

    アリアンスペースの現行ロケットの概要と打ち上げ本数

2021年にアリアンスペースが打ち上げたロケットは、大型のアリアン5が3機、小型のヴェガが3機、中型のソユーズが9機で、半分以上がソユーズだったのである。一方2022年は、ソユーズは2月に1機が打ち上げられた後、打ち上げ準備中だったロケットがロシア側から一方的に打ち上げ中止にされており、その後の経済制裁もあって協力関係は途絶えた状況にある。10月27日現在、アリアン5は2機打ち上げ済みで年内にさらに1機を打ち上げ予定。ヴェガは改良型のヴェガCが1機打ち上げ済みで1機が打ち上げ予定となっており、ソユーズを合わせても合計6機。昨年より大幅に減少してしまった。

  • 2021年の打ち上げ内容

    2021年の打ち上げ内容。全15機が打ち上げられた

  • 2022年の打ち上げ内容

    2022年の打ち上げ内容

新型ロケット2機種へ世代交代

日本では新型ロケットのH3とイプシロンSが開発中だが、アリアンスペースも似た状況にある。アリアン6とヴェガCだ。

現在使用中の大型ロケット・アリアン5は1996年に1号機が打ち上げられて以来、改良を続けながら114機が打ち上げられている。1機のロケットで2機の大型静止衛星を打ち上げられるのが特徴で、通信衛星の商業打ち上げ市場を開拓したほか、昨年はNASAと協力してジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を打ち上げるなど、大型科学衛星や探査機の打ち上げにも用いられている。

  • 主な打ち上げ内容

    主な打ち上げ内容

その後継として開発中なのがアリアン6だ。アリアン6は第1段にアリアン5と同じヴァルカン2エンジン、第2段にはアリアン5の改良用に開発されていたヴィンチエンジンを使用するほか、固体ロケットブースターは新型のP120を使用する。アリアン6はブースターを4基使用するA64と、2基使用するA62の2つの構成が可能で、A64はアリアン5と同じく静止衛星2基の同時打ち上げに対応する。A62は従来ソユーズが担っていた、低軌道への打ち上げなどに対応するものだ。

当初は2021年の初打ち上げを目指していたが、現在は2023年の第4四半期を目標としている。イズラエルCEOは「開発が遅れている理由はいくつかある。まず初期の設計変更と、新型コロナによる作業の遅れがあった。ヴィンチエンジンは40年ぶりの上段用新型ロケットエンジンで、試験設備の準備に予想外の時間がかかった。新たに建設した発射場の設備はハード、ソフト両面で調整を要している。様々な小さな遅れが重なってはいるが、全体では着々と進捗している。大きな開発計画では、最終局面でこういうことが起きるものだ」と、打ち上げが遅れてはいるが大きな困難は生じていないことを強調した。

もうひとつの新型ロケットがヴェガCだ。小型固体ロケットのヴェガの第1段を、アリアン6の固体ブースターと共通のP120に変更して、衛星打ち上げ能力も20%向上している。新型大型ロケットの固体ブースターと、小型ロケットの第1段を共通化してコストダウンを図るのは、日本のH3とイプシロンSの関係と同一の設計思想と言えるだろう。ヴェガCは今年すでに1号機の打ち上げに成功しており、今後ヴェガを置き換える予定だ。

  • アリアン6とヴェガCでは固体ブースターの共通化などが図られている

    アリアン6とヴェガCでは固体ブースターの共通化などが図られている

アリアンスペースは現時点で、アリアン5が3機、アリアン6が29機、ヴェガまたはヴェガCが9機という、多数の受注残がある。アリアン5はこの3機の打ち上げをもって引退する。アリアン6のうち18機は、アマゾンの低軌道コンステレーション通信衛星「プロジェクト・カイパー」の打ち上げだ。従来、このような打ち上げには主にソユーズが用いられていたが、アリアン6がその後継も担うことになった。

  • 2022年10月時点での受注残

    2022年10月時点での受注残