通勤や通学に欠かせない電車。日本は世界の中でも1日の乗降者数が多いことで有名であり、年間の乗降者数の世界のランキングにおいても、上位20駅はほとんど日本の駅が占めるという調査もあるほど。

その中でも日本のシンボルである東京スカイツリーのお膝元「押上駅」は、1日に52万4,267人もの人に利用される駅だという(スタディサプリ調べ)。

今回、そんな「スカイツリー」の名前を冠した鉄道路線「東武スカイツリーライン」を運営する東武鉄道が、押上周辺エリアを盛り上げるために実施している「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」について、取材を行った。

企画の発端や概要については同社の観光事業推進部課長補佐の栁瀨拓弥氏に、また、デジタルマップの機能については開発を担当したNew ordinary社の作井氏に話を聞いた。

  • 東武鉄道 観光事業推進部課長補佐 栁瀨拓弥氏

浅草と押上は徒歩で移動できる距離感

浅草と押上。

日本のレガシーを詰め込んだ下町の代表格とも言える浅草と、日本の最先端の技術を詰め込み建設されたスカイツリーを擁する押上。 みなさんはこの一見すると、相反しているようにも見える2つの町が歩いて行ける距離にあることをご存じだろうか?

筆者は浅草と東京スカイツリーを結ぶ歩道橋である「すみだリバーウォーク」を使って、両方の街を散策するのが好きなのだが、栁瀨氏曰く、両方のエリアを同じ日に回る観光客はまだ少ないのだという。

「浅草エリアと押上エリアは隣接しており徒歩でも移動できる距離なのですが、両エリアを周遊して観光されるお客様はあまり多くはありませんでした。そのため当社ではこれまでも関係自治体の方々と連携を図り、さまざまな取り組みを行ってきました」(栁瀨氏)

  • 浅草と押上の関係を語る栁瀨氏

このような取り組みの1つとして、両エリアが持つさまざまな魅力や1日で周遊できる観光地であることを分かりやすく伝えるために企画されたのが「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」だ。これは、浅草・東京スカイツリータウン周辺エリアにおいてAIによるモデルコースやおすすめの店舗情報を取得できるというサービス。

同サービスは、利用者の趣味や好きな食べ物、観光に求める条件などをスマートフォンの案内に沿って選択すると、AIがモデルコースやおすすめ店舗をデジタルマップ上に提案するため、浅草・東京スカイツリータウン周辺エリアに初めてくる観光客も、何度も足を運んでいる常連客も、その時々に合わせた観光が可能になるという。

  • 「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」

この「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」は、4月29日~8月31日までの期間限定で、デジタルツールを活用した沿線観光地における回遊性向上を検証するための実証実験を兼ねて運用を開始している。5月13日からは、500円で浅草・東京スカイツリータウン周辺エリアを中心とした東武線やバスが1日乗り放題となる「台東・墨田 東京下町周遊デジタルきっぷ」も発売がスタートしている。

「関東民鉄で最長の路線距離を有する当社沿線には、日光や川越をはじめ、様々な観光地が広がっています。今回の実証実験の結果次第では、他のエリアでも展開を検討したいと考えています」(栁瀨氏)

スタートアップとの共創で観光業の再興を目指す

「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」はどのような経緯で誕生したのだろうか?今回の企画の背景には「TOBU OPEN INNOVATION PROGRAM」がある。

「TOBU OPEN INNOVATION PROGRAM」とは、東武グループの観光アセットを活用した共創アイディアを募集し、その事業検証並びに事業化の支援を行うプログラムとして、2021年11月から募集をした、スタートアップ企業と東武鉄道のコラボレーション企画プログラムだ。

今回、「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」の開発に携わったNew ordinary社も、このプログラムに応募したスタートアップ企業の1つだ。普段は、目的地レコメンドサービス「NOSPOT」を開発・提供している企業で、今回の共創プログラムにもその技術とノウハウが生かされている。

「今回の企画は、TOBU OPEN INNOVATION PROGRAMにおいて、New ordinaryから応募いただいた企画を採用しています。New Ordinaryが持つビジョンや高い技術力が、当社の目指す観光地周遊やマイクロツーリズムの促進といった目的と合致したため、今回共創させていただくことになりました」(栁瀨氏)

開発を担当した作井氏は、今回の「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」の開発について、次のように語っていた。

「AIに学習させるために情報を集めるのに苦労しました。スポットの情報はたくさんあるほど粒度の高いサービスができるので、観光協会に協力をいただいてスポットの情報を集めたり、飲食店にご協力いただいたり、と基本的なことながら、サービスの根底に関わる『情報収集』には特に力を入れました」(作井氏)

  • AIレコメンド機能付き観光デジタルマップの開発でこだわった点を話す作井氏

このように開発までの苦労を語った作井氏の言葉に対し、栁瀨氏も大いに同意しているようだった。

両者が開発の際にこだわったというスポットの情報だが、筆者も実際にデジタルマップの画面を見せていただいたが、その登録されているスポット数には驚かされた。

特に筆者の目を引いたのは、商業施設内にある店舗情報。大型の商業施設では、「どんなお店があるかが分からず、近くのお店に入ってしまう」ということも少なくないだろう。しかし、この「AIレコメンド機能付き観光デジタルマップ」では、商業施設内の飲食店などの店舗情報が一目で分かるため、自分好みの店舗を即座に選択することができるのだ。

目指すは「浅草と押上」の相互交流

最後に栁瀨氏と作井氏に今後の展望を聴いたところ、次の言葉が返ってきた。

「今回のサービスがお客様の観光周遊を促進するツールとして有用だと判断できれば、当社が実施する他のサービスとも組み合わせ、お客様の観光体験の更なる向上を図っていきたいと考えています」(栁瀨氏)

「私たちはもっと移動を生み出し生活を豊かにしていくことを目指しています。その為にユーザーに合った『移動目的』と『移動手段』の両方を最適化し提案していきます。移動した先でその人が新しい発見を得られるようなサービスを提供していきたいです」(作井氏)

コロナ禍で暗い気持ちになる現代。遠出したくても、なかなか踏み切れない人も多くいたことだろう。しかし、エイチ・アイ・エスが発表した「2022年夏休み旅行予約動向調査」では、コロナ禍前の約9割まで国内旅行を検討している人が回復しているという結果も出ているように、旅行業界には活気が戻りつつある。

AIの力で観光業界を盛り上げる東武鉄道のデジタルマップは、アフターコロナ時代の観光の新しい形になるかもしれない。