ガラス、電子、化学品、セラミックスといった事業領域で活動するAGCグループは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の先進企業と位置づけられる経済産業省の「DX銘柄2022」に選定された。中期経営計画に含む戦略のひとつとして「DXの加速による競争力の強化」を掲げる同社が、具体的にどのような取り組みを行っているのか紹介する。
環境向上に貢献する断熱・遮熱性能を持つ「Low-Eガラス」
AGCグループがDXとして取り組んだのが「Low-Eガラス」のデジタルマーケティングによる拡販だ。Low-Eガラスは、特殊な金属をガラス表面にコーティングすることで、断熱・遮熱性能を向上させる。ガラス同士の間に空気層を作る複層ガラスにすることで、さらに断熱・遮熱性を高めることができる。太陽光や外気による温度変化の影響を抑え、あわせて室内の熱や冷気を逃さないことで冷暖房効率を向上させ、省エネに貢献するわけだ。
「われわれは建設分野のガラスを担当しているのですが、Low-Eガラスはビルの新築物件に関しては設計者やゼネコンが採用を考え、特約店と工事店を経由して受注販売するという商流になります。一方、改修用については非常に多くの潜在需要があります。そのため、多くの企業に向けて新規開拓する必要があります」と、AGC グラスプロダクツ新市場開拓部 営業開発部 リーダーの備前洋輔氏は語る。
省エネへの関心が高まる中、大規模改修の機会があれば、当然Low-Eガラスにも注目が集まる。実際、一般住宅ではかなり導入が進んでおり、ビルでも需要が高まりつつあるという。しかし、既存ビルでの窓ガラスの改修は難しいのだという。
「一般住宅と違って、高層階のビルではガラスを入れ替えるには足場が必要になります。また、一枚ガラスが入っている既存サッシに複層ガラスを入れらないため、サッシも含めて改修が必要となり工期もコストも大幅にかかるなど、さまざまな課題がありました。この課題を解決できる商品として誕生したのがアトッチという製品です」とAGC 建築ガラス アジアカンパニー 事業企画室 企画・戦略グループDX戦略チーム リーダーの菊池純平氏は説明する。
「アトッチ」は、既存ガラスの内側にLow-Eガラスを貼り付けることで複層ガラスと同等の断熱・遮熱効果を得られるように同社が開発したものだ。大掛かりな施工が不要で、室内側からLow-Eガラスを貼り付けるだけで施工できるという。足場設置等も不要で、短期間かつ低コストでのガラス改修が可能なため、多くの需要が見込めるという。
エンドユーザーへの直接アプローチにデジタルマーケティングを活用
幅広いユーザーがターゲットとなるアトッチだが、同社ではこういったエンドユーザーに直接アプローチする営業手法を持っていなかったという。
「困りごとのあるお客様、ソリューションを提案すべきエンドユーザーにどうやって出会うのか。困っているお客様は多岐にわたるので、プロモーションも幅広く網を張ってニーズを拾い上げ、窓改修に繋げなければなりません。そういった多くのお客様に出会う手段は、展示会に出展することでした」と備前氏は語る。
ビジネス展示会で商材を見てもらい、興味を持った相手と名刺交換する。集まった名刺を材料に、興味の度合いを図って営業活動を行うわけだが、多数集まった名刺から見込み客をピックアップする判断は、担当者による属人的なものだったという。
「具体的な案件をお持ちでないお客様には営業活動を見送るわけですが、今後の営業機会を踏まえどのようにアプローチすべきか分析する事が大事だと考えデジタルマーケティング、マーケティングオートメーションにたどり着きました」(備前氏)
大量の社内データを整備し多彩な潜在顧客とニーズを分析
窓改修の需要は、幅広く存在する。窓際の暑さ・寒さ、窓が結露するといった日常の小さな不満から発生するものもある。また、昨今注目されるカーボンニュートラルや省エネ、環境改善といった側面からの需要も高い。どこに需要があるのか、どういったニーズがあるのか、この相手にはどのポイントを伝えるべきなのかといったことを判断するのもマーケティングの重要な要素だ。
「展示会で収集した名刺情報に加えて、様々なセミナーやウェビナーで集めた個人情報が利用可能なデータでした。名刺はタグづけのルールを定めて名刺管理ソフトに入力したものです。これらに対してマーケティングオートメーションを使って見込み顧客を創出します」(備前氏)
名刺情報をデータ化してリスト管理することで、定期的なメールマガジンの配信に繋げ、その反応から需要を探るというマーケティングが行えた。同社が今後はさらにリストを増やし、別事業部に向けても横展開したいとしている。
最小工数での見込み客創出と受注実績向上を実現
名刺データを活用したマーケティングオートメーションは、2017年から開始し、2020年からはウェビナーの集客にも活用することでさらにデータを増やし、定期メルマガ配信行うことで効果が出てきているという。
「ある程度、最小工数で見込み客を創出して営業にトスするする体制ができましたし、受注実績も上がってきています」と備前氏は手応えを語りつつ、「効果が出始めてきている一方で、メルマガリンクサイトページの最適化や、見込み客創出から営業へトスして以降の効果分析がしずらいなど課題が明確になったのは大きかったですね」と振り返る。
課題解決に向け、ウェブコンテンツやCRM、業務フローの改修も積極的に実施、改善を重ねてきた。今後も引き続きPDCAを回しながら、効果を高めたいとしている。
ノウハウを他製品にも展開しさらなるDX推進へ
「ほかにも重点管理商品としているものが複数あるので、今後はアトッチのノウハウを広げてデジタルマーケティングを行う予定です。確立させたいのは、デジタルとリアルを融合させた営業手法です。これによってお客様が望むタイミング、望むチャネルに対して有意義な情報を提供できるようになり、これまでリーチできていなかったお客様にアプローチしたいと考えています」と今後の展望を語るのは、AGC 建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループのウォリス暁音氏だ。
アトッチで構築したメールマガジンやウェビナーのノウハウに加えて利用されるのが、2022年3月に新オープンしたWebサイト「Glass plaza」からの情報だ。機能から商品を探す仕組みを持たせ、サイトの利用状態を分析すればユーザーニーズが見えてくる。
「Glass plazaからの情報によって課題に合った関連商品を提案できるようになります。また、限られた営業体制では名刺を取得した相手すべてにはアプローチできませんでしたが、メールマガジンからのクリックを通して検討の具体化度合いが見えるようになれば、そこにアプローチするという手法が取れるわけです」(ウォリス氏)
横展開していくにあたっては、アトッチ事業部(現:新市場開拓部)では徹底できていた名刺のデータ化や、タグの管理、CRMへの入力ルールの徹底なども改めて行う必要がある。データ入力の作業負担も増え、現場からの抵抗も考えられるだけに、課題になる部分だろう。
「こういった部分は営業が抵抗を感じる部分なので、現場と会話しながら業務フローを構築するようにしています」と語った備前氏は、「営業担当者が何に困っているのかをわれわれが理解した上で取り組む必要があります。デジタルマーケティングの手法はいくつかありますが、営業が何に困っていて、そこにデジタルを使っては何ができるのか。マーケティング部隊と営業部隊が密にコミュニケーションする必要があると思っています。そこで理解を得て、チューニングしながらやるのが重要になると考えています」と現場担当者との対話の重要性も強調した。