最近、暑い日も増えてきて、アイスクリームやかき氷などの涼を求める人も多くなってきたのではないだろうか。
少しでも気分が涼しくなるよう、今回は南極で行われた研究を紹介したい。なんとアザラシを観測することによって秋から冬の南極沿岸の海洋環境を明らかにしたという内容である。非常に興味深い。
国立極地研究所と北海道大学の研究グループは、南極・昭和基地でウェッデルアザラシに水温塩分記録計を取り付けて調査を行い、その観測データから、秋に外洋の海洋表層から暖かい海水(暖水)が南極大陸沿岸に流れ込んでいること、また、その暖水を利用することでアザラシが効率よく餌をとっていたことを明らかにしたという。
詳細は「Limnology and Oceanography」誌に掲載されている。
南極沿岸にはペンギンやアザラシなど多くの大型動物が生息している。これは外洋の深層からの栄養塩に富んだ暖水の流入に伴う高い生物生産などが関係している。
このような現象が観測されるのは、深い海底谷や海洋渦の存在などの外洋の深層水が流れ込みやすい条件を備えた海域や、広い大陸棚のある海域などに限られていた。
南極沿岸には、陸から地続きとなって容易に動かない定着氷と呼ばれる海氷に覆われた海域が広く存在し、そこでも多くの大型動物が見られる。
しかし、厚い氷のため船で海洋調査をすることが困難であるため、この海域ではどのような仕組みで大型動物が生息できているのか不明であった。
そこで、動物に小型の記録計を装着し、その動物が向かった場所の環境や行動を記録する手法(バイオロギング)を用いれば、これまで船で観測できなかった海域や時期の海洋環境データを集めることが可能であると考えた。今回、その対象として南極・昭和基地周辺に生息するウェッデルアザラシで観測を行った。
取り付けたのはCTDタグという最新の水温塩分記録計で、位置情報、塩分と水温を計測し、同時に潜水深度を記録し、そのデータを衛星通信で送信するものである。また、機械はアザラシの体重に比べ十分軽いため動物への負荷は少なく、一定期間後の体毛の抜け替わる時期に、体毛と共に脱落する仕組みになっている。
2017年の秋(3~4月)から春(9月)にかけて8頭のアザラシにCTDタグを取り付けたところ、7頭から最長で約8か月間の十分な量のデータを得ることができた。
こうして得られた秋〜冬の水温塩分データを分析したところ、従来の知見と同様に、低温低塩分の水が観測期間中に観測海域全体で見られ、高温高塩分の水が秋から冬にかけて深い海底谷など限られた海域の深い深度で見られた。
一方、高温低塩分の水が秋に沿岸の多くの地点の浅い深度である100m~150mで見られ、時期が進むとともに最大400mまで沈み込んでいたことが同研究で初めて明らかとなった。
アザラシの潜水深度の記録から、どれくらい効率的に餌をとっていたかを示す指標を計算して海水タイプによる餌とり行動への影響を分析した。その結果、低温低塩分の水と比べて、高温低塩分や高温高塩分の水の方がより効率的に餌をとっていたことが明らかとなった。
そこで、この高温低塩分の水の由来を、風向風力を使ったモデル計算により詳しく調べた。その結果、この現象は秋に沿岸を西向きに吹く風が強まることで、外洋から沿岸に向けて表層の流れが強まっただけでなく、一部の海水は下の方へ潜り込むような力が特に強まっていたことが示唆された。
南極沿岸を取り巻く外洋側の暖かい水には、ナンキョクオキアミなどの高次捕食動物にとって重要な餌生物が生息しており、秋に外洋側から風の力によって餌生物が沿岸へ運ばれることで、ウェッデルアザラシがより効率よく餌をとっていたものと考えられる。
同研究により、南極沿岸域で秋に強まる風の力によって外洋の表層から海水と餌生物がもたらされている可能性が初めて示された。
研究グループは、今回の調査結果をモデル計算と組み合わせ、風の力によって大陸棚に運ばれる海水と餌生物の量の推定へとつなげ、また、同結果を南極沿岸のいろいろな海域に応用することでより詳しい仕組みの解明が期待されるとした。
このように動物を用いて観測することで、地球上で起こっていても人間だけでは知り得なかったことを垣間見ることができるとは、面白いものである。