新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るったことで、各所でワクチン接種が今もなお行われている。ワクチン接種の必要性については、自己責任に帰するグレーな話題でもあるためここでは議論を控えるが、そもそも読者はワクチンの仕組みをご存知だろうか。
筆者の専門は免疫工学ではないが、知識を得ることに対して至高の喜びを感じるタイプであるため、少し気になって調べてみた。
大雑把な説明になるが、ワクチンとは対象のウイルスや病原菌を低濃度に希釈したものだ。つまり、人体に弱毒化したウイルスを注入するという行為こそがワクチン接種である。一見、非常に恐ろしい行為に思えるが、歴史上このワクチン接種によって計り知れない数の命が救われている。今では医療技術が進歩し、歴史が医学的理論武装をしてワクチンの安全性を証明してきている。
仕組みについても大まかに説明すると、感染症に感染すると人体で抗体が作られ、新たに外部から侵入する病原体を攻撃するようになる。このことを「免疫」と呼ぶ。すなわち、ワクチン接種はこの免疫を作るために、あらかじめ弱毒化したウイルスや病原菌を接種するのだ。
さて、今回はこの免疫、すなわち抵抗性に関する研究を紹介しようと思う。
題目にもなっているように植物についてである。
この免疫については、なにも人間だけでなく植物などの多細胞生物も同様に免疫系を持っているのだ。
名古屋大学大学院理学研究科遺伝子実験施設の研究グループは、エジンバラ大学(イギリス)、名城大学農学部生物資源学科、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所、岐阜大学応用生物科学部、名古屋大学大学院生命農学研究科、中部大学応用生物学部、京都大学理学研究科との共同研究で、植物の免疫系が自身の虫害抵抗性を抑制する仕組みを新たに発見した。
詳細は、学術雑誌「Cell Reports」に掲載されている。
植物は病原体の侵入を感知すると、抗菌性物質を生成し感染を阻害する。この免疫系の活性化には、NPR1タンパク質が主要な役割を担っており、感染時にはNPR1タンパク質は核へ移行し、抗菌性物質の生成に関与する遺伝子の機能発現を行う。
一方、植物は虫害に対する防御システムも保有しており、昆虫が葉を摂食すると核内においてMYC転写因子※1が活性化し、葉に忌避物質※2を蓄積することで虫害被害を軽減する。現在までに、植物の病害応答や虫害応答など、個々の環境ストレス応答に関する知見は蓄積しつつあるが、複数の環境ストレスに同時に晒されている場合の応答機構は不明であった。
特に、免疫系が活性化すると、虫害防御システムが崩壊し、虫害被害が増大することが既存の研究から明らかになっているが、その遺伝子およびタンパク質レベルでの仕組みは明らかになっていない。
そこで同研究では、まずシロイヌナズナ植物において、ChIP-seq※3という手法を用いてNPR1タンパク質が直接制御する遺伝子群を決定した。NPR1タンパク質は免疫系の活性化因子なので、予想通り病害抵抗性に関連する遺伝子を直接制御していることが分かった。
興味深いことに、NPR1タンパク質は虫害防御システムに関連する遺伝子も直接制御している可能性も示唆された。そこで、虫害防御システムの主要な活性化因子であるMYC転写因子の機能が、NPR1タンパク質によって影響をうけるのか調査した。
虫害が生じると、MYC転写因子はMED25タンパク質と相互作用することで、RNA合成酵素を呼び寄せ、虫害防御に関連する遺伝子を発現誘導する。しかし、NPR1タンパク質は、このMYC転写因子とMED25タンパク質の相互作用を阻害し、MYC転写因子による虫害防御システムを抑制することが判明したのだ。
同研究は、植物の免疫系によって虫害抵抗性を失う仕組みを、遺伝子に加えてタンパク質レベルで明らかにした。これは、植物の環境ストレス応答を理解する上で大きな進歩と言える。
同成果を応用し、ウイルスや病原体に対する耐性を持ち、害虫に対しても強い作物の作出も可能になるため、農薬などの環境負荷を低減するといった持続可能な農業の実現にも貢献できるという。
文中注釈
※1:DNAに結合し、遺伝情報を読み取ることで、遺伝子の機能発現を担う因子。
※2:昆虫などの動物に対して摂食や産卵行動を抑制する効能のある物質。
※3:転写因子が結合するDNAの領域を決定する技術。