北海道の宇宙企業「インターステラテクノロジズ(IST)」は2022年4月27日、開発中の超小型衛星打ち上げロケット「ZERO」のエンジンに使うターボポンプについて、ポンプ部分の性能を確かめるための試験を実施した。

参考:ISTの新型ロケット「ZERO」の鼓動が聞こえた! 心臓部ターボポンプの試験成功

それに合わせ、同社はロケットを開発、製造する工場や、打ち上げを行う射場を公開した。

2019年、日本の民間企業が開発したロケットとして初めて宇宙空間に到達するという快挙を打ち立て、現在は超小型衛星打ち上げロケットも開発するIST。その歴史が生まれ、いまなお作られ続けている場所、そしてISTが拠点を構える北海道大樹町という「宇宙の渚」は、いったいどんなところなのだろうか。

  • ISTの工場

    ISTの工場。観測ロケット「MOMO」の量産が進んでいる (撮影: 渡部韻)

大樹町というところ

大樹町は北海道十勝の南部に位置し、東と南は太平洋に面している。広大な十勝平野が広がり、西にそびえる日高山脈からは日本一の清流「歴舟川」が流れるなど、美しい自然に彩られた場所である。

この町が宇宙とのかかわりをもち始めたのは、1984年のこと。北海道東北開発公庫(現・日本政策投資銀行)が「航空宇宙産業基地」の候補地として同地を選んだことに端を発する。以来、「宇宙のまちづくり」を標榜し、官民一体となって航空宇宙に関連したさまざまな取り組みを進めてきた。

1995年には長さ1000mの滑走路をもった「多目的航空公園」が竣工。宇宙航空研究開発機構(JAXA)やその前身が実験に使ってきたほか、北海道の大学、企業が開発した「CAMUI」ロケットの打ち上げも行われているなど、航空・宇宙の研究開発における一大拠点として発展を続けている。

ISTとのかかわりは、2011年に同社の前身であるSNSが、この地から小型液体ロケット「はるいちばん」の打ち上げ試験を行ったことから始まった。そして、2013年のIST設立とともに、大樹町に本社を設立。同町を拠点に、高度100kmに観測機器などを打ち上げる観測ロケット「MOMO」を運用している。MOMOは2019年に初の宇宙空間到達を成し遂げ、2021年には2機連続で打ち上げに成功。現在も量産が進んでいる。そして、超小型衛星を打ち上げるためのロケット「ZERO」の開発も進めている。

大樹町の最大の魅力は、衛星の打ち上げに非常に適した場所だという点である。まず、前述のように大樹町は東と南が太平洋に面していて開けており、また船舶や航空機の往来も比較的少ない。さらに「十勝晴れ」という言葉があるほど、晴天率も高い。

北海道というと冬の寒さや雪が厳しいというイメージもあるが、米国アラスカ州の発射場やロシアのプレセーツク宇宙基地という、同じくらいかさらに過酷な環境にある発射場の例もあり、対策さえ行えば大きな問題にはならない。

また、緯度がやや高いため、静止衛星を打ち上げる際には、種子島宇宙センターなどと比べロスは大きくなるが、ZEROが打ち上げる超小型衛星は極軌道への打ち上げ需要が多く、逆に静止軌道への打ち上げ需要はほとんどないことから、同社の事業にとって大きな支障にはならない。そもそも、静止衛星を打ち上げるような大型ロケットであれば、そのロスもあまり大きな問題にはならず、将来的に大樹町からH-IIAやファルコン9クラスの大型ロケットを飛ばせる可能性も十分はある。

くわえて、東京から大樹町までは、飛行機と車を使って約2時間半とアクセスも良好。宿泊施設や飲食店も比較的多く、帯広市も近いため何不自由なく滞在できる。

日本広し、世界広しといえど、ロケットの打ち上げに適した場所は少ない。大樹町は、そんな貴重な場所のひとつなのである。

  • 大樹町は長年、「宇宙のまちづくり」を進めてきた

    大樹町は長年、「宇宙のまちづくり」を進めてきた。町中にはこんなモニュメントも

のどかな平野にそびえるオレンジ色の城

ISTが大樹町にやってきて以来、しばらくはもともと農協の販売所だったところを工場に使っていたが、2020年12月には事務所棟と組立棟を兼ね備えた新本社が完成。新たに、そしてより大きな建物を構えることで、ロケットの開発や製造を加速させることができるようになった。

この新本社は、グレーをベースに、同社のコーポレートカラーであるオレンジ色が入った近代的で目立つ建物で、非常に“映える”。周囲に大きな建物はなく、近くの牧場から流れてきたにおいが鼻をくすぐる、そんなのどかな場所に建っている。

組立棟は、「組立エリア」と「溶接エリア」に分かれている。組立エリアでは、MOMOやZEROの組み立てを行う。内部は広く、MOMOであれば数機同時の組み立ても可能で、取材時にもMOMO 8号機、9号機の機体の組み立てが進んでいた。

  • ISTの新本社

    2020年12月に完成した、ISTの新本社 (撮影: 渡部韻)

  • 組立エリアでは、機体の組み立てが進んでいた

    組立エリアでは、MOMO 8号機、9号機の機体の組み立てが進んでいた (撮影: 渡部韻)

溶接エリアでは、MOMOやZEROの推進剤タンクなどを製造する。取材時には、将来のMOMOに使うタンクや、ZEROの第2段の液体酸素タンクの試作品などが置かれていた。

  • 将来のMOMOのタンク

    溶接エリアにあった、将来のMOMOのタンク

  • ZEROの第2段の液体酸素タンクの試作品

    ZEROの第2段の液体酸素タンクの試作品。経済産業省からの受託案件として造られた (撮影: 渡部韻)

その隣の事務所棟は2階建てで、1階は工場機能をもち、MOMOやZEROの機体部品の組み立て、計測、試験、保管を行う部屋がある。内部はロケットエンジンの製造や組み立てを行う推進部屋、ロケットに搭載する電子機器(アビオニクス)や地上設備の電気系のための電気部屋、ロケットに載せるペイロードの準備を行うペイロード室に分かれている。

なお、アビオニクスの製造拠点は東京支社にあるという。これは秋葉原が近かったり、通販で届く日数が短かったりと、東京のほうが電子部品の入手性がいいからだそう。

各部屋には廊下に面した大きな窓があり、見学者などが部屋の中を見られるようになっている。実際、撮影は禁止だったが、装着前のロケットエンジンがごろんと置かれており、筆者は興奮を抑えるのに必死だった。「オープンなロケット開発」を志向する同社の方針が、建物のつくりにも現れている。

2階は100人規模の収容人数を持つ本社事務所となっており、ZEROの開発、製造、運用を見据えたものとなっている。

また、今回は非公開だったが、かつて工場として使っていた元・農協の販売所の施設は、第一工場、第二工場として引き続き使っており、マシニングセンターなどを置いているという。

ざっくり言えば、第一工場、第二工場で材料の加工をし、本社の工場で部品を組み立て、組立棟で機体全体を組み立て、試験し、そして射場へと運ぶという流れになっている。

ちなみに、以前はMOMOの組み立ても射場で行っており、スペースの関係で1機ずつしか組み立てられなかったり、別の実験とのスケジュール面での兼ね合いなどが大変だったりといった問題があったものの、新しい工場ができたことでそれらが解消されたという。