今回の研究で証明されたゆらぎの定理は、熱力学量と情報量の深い結びつきを詳細に記述するだけでなく、熱平衡から大きく離れた状態であっても一般に成立するとしているほか、ゆらぎの定理からは熱力学第二法則をはじめとするさまざまな重要な関係式を導くことができるため、今回の研究は量子制御下での非平衡熱力学の基本原理を明らかにしたものと研究チームでは説明している。

  • 連続測定・フィードバック下にある量子系の概念図

    連続測定・フィードバック下にある量子系の概念図。量子系を連続的に測定し、その測定結果に応じて外部からパルスを当てるなどのフィードバック操作を行う。今回の研究ではこのような設定のもとで、熱力学第二法則・ゆらぎの定理を導出した (出所:東大プレスリリースPDF)

また、今回の研究により新たに導入された量子・古典移動エントロピーは、測定によって系から測定器に向かう量子情報の流れを定量化する指標になっており、純粋に情報理論的な観点からも重要な意味を持っているという。この指標の特筆すべき特徴として、古典系での情報流を表す「移動エントロピー(transfer entropy)」の量子版とみなせる点があるとする。

古典系・量子系に対する一回測定・連続測定で得られる情報量の指標は、以下の通り。

  • 古典系:(1回測定)相互情報量/(連続測定)移動エントロピー
  • 量子系:(1回測定)量子・古典相互情報量/(連続測定)量子・古典移動エントロピー

移動エントロピーは時系列解析や神経回路の解析など、幅広い分野ですでによく用いられている指標であり、新たに導入された量子・古典移動エントロピーも、量子情報の流れの解析で今後重要な役割を果たすことが期待されるという。

  • 今回の研究で理論的に導かれた熱力学第二法則・ゆらぎの定理の数値的な検証

    今回の研究で理論的に導かれた熱力学第二法則・ゆらぎの定理の数値的な検証。(a)従来の熱力学第二法則の破れと、今回の研究で新たに導出された熱力学第二法則の成立の検証。エントロピー生成〈σ〉は系と熱浴のエントロピーの変化の合計を意味し、量子・古典移動エントロピー〈i_QC〉は量子情報の流れを特徴づけている。(b)従来のゆらぎの定理の破れと、今回の研究で新たに導出されたゆらぎの定理の成立の検証 (出所:東大プレスリリースPDF)

また、研究チームでは、理論的に導出された熱力学第二法則とゆらぎの定理を、数値計算によって検証したところ、これらの法則が成立していることが確認できたとしているほか、拡張されたゆらぎの定理を実験的に検証するための具体的なプロトコルの提案も行ったとしている。

なお、今回の研究成果は、フィードバック制御された量子系での熱力学の基礎となるもので、量子情報と非平衡熱力学の融合的な理解につながることが考えられると研究チームでは説明しており、このような量子系の制御は量子コンピュータなどの量子デバイスの実現に向けて重要であり、今回の研究はその量子制御のためのエネルギーコストを解明することにつながることが期待されるとしている。