京都大学(京大)と科学技術振興機構(JST)は5月2日、層状化合物「二硫化モリブデン」(MoS2)の層間にキラル分子を挿入した新奇化合物「キラルMoS2」が、電流中の電子スピンの向きを同方向に揃える性質を持つこと、ならびに、これを水の電気分解(水電解)における電極材料として用いると、スピンの向きが揃った電流の効果によって、これまで水電解効率のボトルネックだった酸素発生の効率が、スピンが揃ってないラセミMoS2の約1.5倍向上し、さらに過酸化水素の生成を70%以上抑制することを見出したことを発表した。
同成果は、京大大学院 工学研究科の須田理行准教授、同・辺智芸大学院生、同・筒井祐介助教、同・関修平教授、同・加藤研一助教、同・生越友樹教授らの研究チームによるもの。詳細は、物理、化学、医学、生命科学、工学などの基礎から応用までを扱う学際的なオープンアクセスジャーナル「Advanced Science」に掲載された。
水の電気分解(水電解)によって水素を製造するには、負極での水素発生反応だけでなく、正極での酸素発生反応が重要とされるが、従来の水電解では、この酸素発生反応の効率が、水電解効率全体のボトルネックとなってしまっていたことから、新たな酸素発生触媒や反応原理の実現が望まれていた。
酸素発生反応における非効率化の原因の1つとして挙げられるのが、過酸化水素(H2O2)の生成によるエネルギーロスだという。しかし、これまでに過酸化水素の生成を抑制し、酸素の効率的な反応を実現する明確な指針はなかったという。そこで研究チームは今回、電流中の電子スピンの制御という新手法に注目し、効率的な水電解を実現することを目指すことにしたという。
酸素発生反応の主生成物である酸素はスピンが平行に揃った三重項、副生成物である過酸化水素はスピンが反平行に揃った一重項と呼ばれるスピン状態を持っていることから、電流中のスピンの向きを平行に揃えて水電解することができれば三重項状態である酸素を選択的に発生させられることが考えられるという。
そこで研究チームは今回、右手と左手のように、鏡に映した構造がもとの構造と重ならないキラル分子が持つ「キラリティ誘起スピン選択性」という現象に注目することにしたという。これは、電流がキラルな構造を持つ分子中を流れることで、電流中のスピンが平行に揃うという性質だとする。