大阪市立大学大学院文学研究科の橋本 博文准教授らの研究グループは、「トロッコ問題」に対する時間的制約の効果について検討し、日本人大学生は熟慮を重ねると義務論的判断がより顕著になる可能性を確認し、この結果が先行研究とは異なることを3月28日に発表した。

同研究は、大阪市立大学大学院文学研究科の橋本 博文准教授、大阪市立大学都市文化研究センターの前田 楓研究員、大阪市立大学大学院文学研究科の松村 楓大学院生らによるもの。同研究成果は2022年3月3日に国際学術雑誌「Frontiers in Psychology」に掲載された。

トロッコ問題とは、「多数の命を救うために一人の命を犠牲にする判断は、道徳的に正しいのか」が問われる有名な道徳ジレンマ課題。

この課題では、多数の命を救うために一人を犠牲にする判断(功利主義的な判断)と、結果の善し悪しにかかわらず一人の命を犠牲にすることは許されないとする判断(義務論的な判断)のどちらを優先するかが問われている。

これら二つの判断を扱う近年の心理学研究では、「二重過程理論」が注目されており、この理論を踏まえれば、義務論的判断は自動的な直観システムによるもの、また、功利主義的判断は論理的な熟考システムによるものと捉えることができるという。

つまり、義務論的判断が功利主義的判断よりも先行すると考えられており、実際に、時間的な制約を実験参加者に与えた先行研究においては、義務論的判断が顕著に示される可能性が示されたとしている。

同研究では、日本人学生119名を対象に、時間的な制約が道徳ジレンマ状況における判断に及ぼす効果について、先行研究を踏まえつつ、参加者内要因配置の実験デザインのもとでその追試を試みた。また、時間的な制約の有無に加え、熟考システムの働きを強めることを念頭に道徳的判断について少人数で話し合わせる機会を設定し、話し合いの効果についても併せて分析したという。

その結果、先行研究から予測される結果とは異なり、時間的な制約のある直観的判断と熟慮した後の判断(理性的判断・話し合い後の判断)を比較してみると、義務論的判断へと人々の判断が変化していく可能性が示唆されたという。

  • 今回の研究の結果

    今回の研究の結果。時間的な制約のある直観的判断と熟慮した後の判断を比較すると、義務論的判断へと人々の判断が変化していく可能性が示唆された(出典:大阪市立大学)

また、直観にもとづく判断のみをみても、他国で行われた先行研究と比べて、功利主義的な判断が示されにくい可能性も見て取れたとしている。

研究チームは、今回得られた結果が、二重過程理論にもとづく先行研究の結果とは矛盾するものであり、まずは、今回得られた結果がどの程度頑健なものなのか、また頑健であるとすれば、こうした矛盾がなぜ示されるのかについて、文化心理学の観点から詳細に検討していく必要があるとした。

また、日本人大学生は功利主義的な判断を相対的に示さない可能性があり、じっくり考えるうちに責任を逃れようとする結果として、功利主義的な判断がますます示されにくくなる可能性があるとし、功利主義的な判断か義務論的な判断かという分析枠組みは、「トロッコ問題」における日本人の判断を考察する上では適切ではない恐れがあり、今後は「判断に伴う責任そのものから逃れようとする心の特性」に着目する必要があるともしている。