日本の宇宙スタートアップ企業「Synspective(シンスペクティブ)」は2022年3月1日、同社にとって2機目となる小型地球観測衛星「StriX-β」の打ち上げに成功した。

StriX-βは、コンパクトながら高性能な合成開口レーダー(SAR)を搭載。毎日同じ地点の上空を通過し、昼夜や天候に関係なく地表を観測できることを特徴としている。

今後、2020年代後半までに衛星数を30機に増やし、地球全体を高い頻度で観測できるシステムの構築・運用を目指す。

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    SynspectiveのStriX-βを搭載した、エレクトロン・ロケットの打ち上げの様子 (C) Rocket Lab

Synspectiveとは?

Synspectiveは、2018年2月に設立された日本の宇宙スタートアップ企業で、「合成開口レーダー(SAR)」を搭載した小型の地球観測衛星の開発、製造のほか、衛星が観測したデータや、政府・企業向けのソリューションの販売を手掛けている。

SARとは、電波の一種であるマイクロ波を自ら発し、地表で反射して返ってきたその電波を使って地表面を観測する装置のことで、このSARを搭載した衛星を運用しているところに同社の強みがある。

多くの地球観測衛星は、光学センサーと呼ばれるデジカメのような装置で地表を撮影している。しかし、夜間や雲で覆われている領域は撮影できない。

一方、SAR衛星はマイクロ波の反射を使うため、日中・夜間によらず観測することができる。またマイクロ波は波長が長く、雲を透過するため、雲の下にある地表も観測できるという特長もある。

さらに、地盤の沈下、隆起などといった地表面の変化は、光学センサーでは目に見えるほど大規模な変化でない限り捉えることが難しいが、SARを使えばミリ単位で検出することができるという、SARならではの使い方もある。

ただ、従来のSAR衛星は大きく、重くなりがちで、質量が数百kg~1t以上もあった。その分開発コストが高くなり、また打ち上げに大きなロケットを使わなければならないため、打ち上げコストも高くなっていた。

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    合成開口レーダー(SAR)で地表を観測する想像図。マイクロ波を使うため、昼夜を問わず、また曇りの日でも観測することができる (C) Synspective

そんな中、内閣府主導による革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」での開発成果を先鞭とし、東京工業大学や宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)などの産学官の連携により、世界初、独自の技術を開発。SARの超コンパクト化、徹底的な軽量化が実現した。その事業化のため、Synspectiveが設立された。

これにより、従来の大きなSAR衛星と同等の性能をもちながら、質量は100kg以下と従来の約10分の1に、そしてコストは5億円と従来の約20分の1という数字を達成している。

また、同社は2020年代後半までに、SAR衛星の数を30機に増やし、編隊で運用する「衛星コンステレーション」を構築することで、地球の地表を「いつでも、どこでも」観測することを目指している。

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    Synspectiveが開発したStriXの想像図。独自の技術により、従来の大きなSAR衛星と同等の性能をもちながら、質量は100kg以下と従来の約10分の1に、そしてコストは5億円と従来の約20分の1という数字を達成した (C) Synspective

StriX-βの打ち上げ

2020年12月15日には、最初の実証衛星となる「StriX-α(ストリクス・アルファ)」が、米企業ロケット・ラボ(Rocket Lab)の「エレクトロン(Electron)」ロケットにより打ち上げに成功。2021年2月8日には初の画像の取得に成功し、現在も順調に運用を続けている。

そのStriX-αに続く2機目の実証衛星が、今回打ち上げられた「StriX-β(ストリクス・ベータ)」である。

StriX-βは、αと同じくロケット・ラボのエレクトロン・ロケットに搭載され、日本時間2月1日5時37分、ニュージーランドのマヒア半島にある同社の発射場から離昇した。ロケットは順調に飛行し、計画どおりの軌道に投入された。

同社によると、今後について「まずは、観測・データ取得をはじめ、数か月かけて機能検証を行う予定です」としている。

βの寸法は70cm角で、太陽電池とアンテナを広げた長さは5mになる。SARの分解能は1~3mで観測幅は10~30km。これらの数値はαと同じである。

いっぽう、αから変わった点もある。ひとつは質量で、βはαより約10kg増量し、質量は135kgになっている。これは主に、βには新たに推進システム(スラスター)が装備されたためである。衛星の軌道は、地球の大気との抵抗などで少しずつ落ちるため、定期的にスラスターを噴射して軌道を維持する必要がある。αは最初の実証機だったためスラスターは搭載していなかったが、βでは搭載したことで軌道の補正、維持ができるようになり、運用を通じてつねに同じ軌道から、つまりいつも同じ条件下で観測ができるようになる。

また、投入された軌道も、αは回帰日数(同じ地点の上空を通過するのにかかる日数)が5~10日の軌道だったが、βでは回帰日数が1日、つまり地球上の同じ場所を毎日同時間、同条件で通過、撮影できる軌道に投入されている。

αのような軌道の場合、地球全体を観測できるが、同じ場所の観測頻度は落ちる。いっぽうβのような軌道は、ある地点を1日に1回観測はできるが、運用全体を通して観測できない場所、つまり歯抜けが生じる。

ただ、βのような軌道の欠点は、衛星の数を増やすことで解決できる。つまり、ある衛星の歯抜けになる軌道に、別の衛星を乗せて埋めていくということを重ねていくことで、地球のあらゆる地点を1日やそれ以上の頻度で観測できるようになる。これこそが衛星コンステレーションの真骨頂であり、同社がその構築を目指す理由でもある。

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    打ち上げに向け、ロケットに搭載されるStriX-β (C) Synspective

StriX-βの打ち上げに際し、Synspectiveとロケット・ラボは「The Owl’s Night Continues」というミッション名をつけた。直訳で「フクロウの夜は続く」という意味がある。ちなみに、StriX-αの打ち上げでは、「The owl’s night begins(フクロウの夜の始まり)」というミッション名だった。

Synspectiveによると、The Owl’sは衛星のStriX(フクロウ)を意味しており、Night(夜)はSAR衛星の能力で夜でも地球を観測できること、そしてContinues(続く)は、2020年のStriX-α打ち上げによって始まった同社の挑戦が、StriX-βの打ち上げによってさらに加速し、30機の衛星コンステレーションの構築に向けてさらに続いていくことを意味しているという。

Synspective代表取締役CEOの新井元行氏は「自社2機目の実証機『StriX-β』の軌道投入成功により、私たちは複数衛星の運用技術の向上、およびデータサービス強化に踏み出すことができます。これにより、SAR衛星30機からなるコンステレーション構築と、そのデータ解析技術をより一層加速させ、持続可能な未来にむけて『学習する世界』の実現を目指します」とコメントしている。

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    StriX-βの打ち上げ成功に際しコメントする新井氏 (C) Synspective