どの企業も例外なくDXに迫られている。しかし、「そこには誤解も多い」と指摘するのは、早稲田大学大学院 経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授の入山章栄氏だ。2月24日、25日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2022 for LEADERS DX Frontline―変革の第一歩を」では、この入山氏が基調講演に登壇。「変革を担うリーダーが実践すべきこと~日本企業におけるDXの本質と課題」と題し、DXを率いるリーダーの在るべき姿について語った。

何が目的であり、そのためにどう変えるのか

登壇した入山氏は、昨今、DXという言葉が乱用されていることを挙げ、取り組みに躍起になるあまりにデジタル化自体が目的となってしまっていたり、CX(Corporate Transformation:企業変革)がおろそかになっていたりするケースがあることに警鐘を鳴らす。

企業は社会に自社の価値を提示して収益を得るが、そこではビジネスの方向性や目的が重要になる。目的を達成するための手段の1つがデジタルなのであって、そもそも目的が明確ではない企業がデジタルに取り組んでもうまくいかない場合が多い。

また、入山氏は「CX在りきのDXでなければ機能しない」と強調する。DXは会社全体を変えなければうまくいかないものであり、デジタル活用はその一部というわけだ。だが、日本企業はこの30年間、変化してこなかったといわれている。入山氏曰く、その理由は「経路依存性」にあるという。企業は、組織を構成するさまざまなものがうまくかみ合って順調に回っているものなので、時代に合わないどこか1箇所だけを変えようとしてもうまくいかないのだ。

例えばダイバーシティ経営を取り入れたいのであれば、ダイバーシティだけに取り組むのではなく、雇用制度や評価制度、働き方も含めて全体を変えていく必要がある。これと同様に、DXだけをやろうとしても難しいというわけだ。

  • ダイバーシティを例にとった経路依存性のイメージ

入山氏は経路依存状態にある日本の企業が変化していくためには、役員の兼任が鍵を握るとみている。少人数の役員で複数の役職を兼任する場合、経営会議などでの衝突が起きにくく変化が進みやすくなるからだ。DX担当については、デジタルの導入で、最初にぶつかりやすいのが人事担当だという理由から、「人事のトップと兼任してはどうか」と提案した。

IoT、IoH時代の到来で、日本に勝ち筋がある理由とは

「日本は第二次世界デジタル競争において勝ち筋がある」――入山氏はそう語る。スマートフォンが主戦場だった第一次世界デジタル競争では、GAFAが圧勝を収めた。“第二回戦”となる第二次世界デジタル競争が起きるのは、ありとあらゆるモノがネットワークでつながるIoTの時代だ。

「これからの時代はモノが良くないと始まりません。ということはものづくりが大切なんです。いまだにものづくり大国といえばドイツと日本です。だからこそ、ものづくりとデジタルがうまく噛み合えば、第二回戦では日本が勝てる可能性があるんです」(入山氏)

あらゆるモノがつながり、やがてウエアラブル端末やセンサーなどを介して人もネットにつながる”IoH(Internet of Human)”が実現されると、最終的に一番大事になるのは、人間が介在するサービスになると入山氏は予測する。そして、世界屈指のおもてなし大国と言えば日本であることを考えれば、IoT時代の到来は大きなチャンスというわけだ。

では、道具としてのデジタルはIoT、IoHの時代にどのような可能性を与えるのだろうか。入山氏は、「デジタルで新しいもの(イノベーション)を生み出す」ことと、「デジタルをイノベーションのインフラにする」ことの2つだと考えている。

「デジタルで新しいものを生み出す」とはどういうことか。入山氏はチャールズ・A・オライリー教授が提唱する「両利きの経営」という概念を示す。これは、「知の探索」と「知の深化」をそれぞれ縦軸、横軸にとり、その間を進めていく考え方だが、「企業はどうしても知の深化に偏る」(入山氏)のだという。

  • 企業は知の深化に偏った方向に進みやすく、これを「Competency Trap(競争力の罠)」という

知の深化により一時的に収益が上がることもあるが、長期的に見るとイノベーションの本質に不可欠な知の探索がなおざりになってしまう。そこで必要なのがデジタルなのだ。

「既存の資源、人材、技術などにデジタルを組み合わせること、これがまさに知の探索になり、イノベーションの源泉になるのです」(入山氏)

デジタルで新しいものを生み出す上で、方向性としては、知の探索として既存のリソースや技術とデジタルを組み合わせて新しい顧客を開拓すること、知の深化として既存の顧客にデジタルで新しい価値を提供することの2つが考えられるという。入山氏は、「それぞれ一長一短あるが、経営リーダーは、自社がどちらを目指すのかを整理しておいていただきたい」と助言した。

では、「デジタルをイノベーションのインフラにする」とはどういうことか。

入山氏は「知の探索を進めるために、知の深化にデジタルを活用すること」だという。知の探索は失敗も多く、一見無駄に見えることも多々ある。それでもやるという行為は、人間でなければできないことだ。それに対し、知の深化は「無駄を省いて確実にこなすこと」であり、AIやRPAで代替できる部分(=デジタルが最も得意とする部分)である。つまり、知の深化にデジタルを活用することにより、知の探索に優秀な人材のリソースを割くことが可能になるのだ。