国立天文台(NAOJ)、核融合科学研究所(NIFS)、総合研究大学院大学(総研大)の3者は2月25日、太陽表面の画像データから通常は観測が困難な水平方向の乱流運動の推定を可能にする新たな深層学習(ディープラーニング)モデルを構築することに成功したと発表した。

同成果は、総研大 物理科学研究科 天文科学専攻 石川遼太郎大学院生(NAOJにも所属)、NIFS ヘリカル研究部の仲田資季准教授、NAOJ 太陽観測科学プロジェクトの勝川行雄准教授、愛知教育大学 自然科学系 理科教育講座の政田洋平准教授、独・マックス・プランク太陽系研究所のティノ・L・リースミュラー氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、欧州の天文学と天体物理学を扱う学術誌「Astronomy & Astrophysics」に掲載された。

太陽表面からおよそ10kmの深さまでは対流層と呼ばれ、中心部から発せられたエネルギーが対流によって表面へと運ばれている。そのため、太陽表面は沸き立つ熱水を上から眺めたような、場所ごとに異なる速度を持った、激しい3次元的な乱流が至る所で常時発生している。太陽表面で、こうした複雑な対流が作る模様は「粒状斑」と呼ばれている。

太陽表面の乱流は磁場を増幅したり磁場を揺らしたりすることで、太陽の外層にあるコロナへ加熱エネルギーを供給する役割を担っていると考えられているが、まだ不明な部分もあり、そのメカニズムの解明を目指した研究が日々続けられている。そこで重要となるのが、乱流の速度とその空間分布だとされる。

そのうち、太陽表面から内部への鉛直方向の運動は、一見すると観測が難しそうに思われるが、実はドップラー効果を使うことで測定が可能とされている。その反対に、水平方向は太陽表面の運動なので観察が容易そうだが、精度の高い直接的な測定をすることができないという課題を抱えている。

水平方向の運動は、これまで相関追跡法が用いられてきた。しかし、粒状斑の大きさ(約1000km)と同程度以上の空間スケールを持った対流運動の推定に限定されていたという。

また、近年は深層学習技術を活用した水平運動の推定も試みられてきたが、推定精度に限界があり、その原因がよく理解されていなかった。しかし研究チームは今回、そのうまくいってなかった深層学習技術を改めて活用し、新たな推定技術の開発を試みることにしたという。

具体的には、太陽の熱対流を模擬する数値シミュレーションを用いて、多様な乱流データの生成を実施。それらを用いて、観測可能な鉛直方向の運動と表面温度の分布という2種類の観測データから、水平方向の運動との相関関係について深層学習を行うという手法を用いたところ、観測可能な情報から、観測が困難な水平方向の運動を高速で推定する新手法が実現したという。

  • 太陽観測

    今回の研究の概念図。観測できる鉛直方向の運動と表面温度から、観測が難しい水平方向の運動を深層学習技術で高速に推定する (c) 国立天文台 (出所:国立天文台 科学衛星「ひので」Webサイト)

さらに、空間スケールごとに推定精度を分析する手法も開発され、対流の典型的な大きさの構造よりも小さな乱流の構造が、水平方向の運動の推定精度を制限していることも判明したとのことで、今後この手法をさらに改良する手掛かりを得ることもできたとしている。

  • 太陽観測

    (左・中央)数値シミュレーションによる正しい水平運動と、深層学習によって推定された水平運動。明るい部分と暗い部分はそれぞれ画面上向きと下向きの流れに対応。(右)空間スケールごとの推定精度。線の色の違いは、特徴が異なる乱流の水平運動に対する推定精度を示す (c) 国立天文台 (出所:国立天文台 科学衛星「ひので」Webサイト)

なお、今回の研究における乱流の構造推定は、太陽研究のみならず、プラズマ物理・核融合科学分野や流体理工学分野など、複雑な流れを対象とした研究に広く共通する課題であると研究チームでは説明しており、今回開発された深層学習モデルを、核融合プラズマ中の乱流のゆらぎを推定する研究へ応用するための新たな展開も進めていくとしている。