私達は日々の活動のなかで食事や会話、運動などの生命維持活動や社会活動を行い、エネルギーの摂取・消費を循環させるライフスタイルを送っている。そもそも基本的に動物は餌を求めてエネルギーを消費しながら生きていく。
その点、樹木は実にシンプルである。どこででも手に入る太陽光と水、そして空気があれば生きることができ、また生まれた場所から動きもしない。生命維持活動を真摯に行い、無駄なエネルギーを消費しないライフスタイルを行っている。
そんな樹木にとって樹木成長は、太陽光をめぐる資源獲得競争での優位性を左右するため、競争激化した環境下では肥大成長よりも伸長成長が優先される。この特徴はどの植物にも通ずるが、とりわけ樹木の場合は力学的なハンディキャップがある。
それは「自重」である。
樹木は断面が密であり枝葉も重く、植物の中でも重たい体を有している。植物の伸長成長に制限がない場合、ある一定の高さに達すると自重に耐えきれず、自立した状態の維持ができなくなる。したがって「重い」という特徴は、自立できる状態を維持しながら実現できる限界の高さが低くなってしまうのだ。
人間ですら体重を制御するために適度な運動や食事に気を配っているが、ときとして制御できず身体に不具合が生じることもある。
しかし、実際には樹木は長い寿命のなかで、自然という厳しい環境に適応しながら、安定して高く伸長成長している。この事実は、私達が想像するよりも遥かに高次元な樹体構造を有し、自重を巧みに制御していることを示唆するものだ。
そこで、今回はこのような樹木の智慧に迫り、構造力学的なアプローチを用いて、「重量物の配分バランス」と「実現可能な最大高さ」の関係を探った北海道大学の研究グループの研究を紹介したい。
なお、同研究の詳細は国際科学雑誌「Scientific Reports」にてオンライン掲載されている。
研究グループは、樹木のさまざまな重量分布を表現するため、密度が連続的に変化する計算モデルを導入し、構造力学理論をベースに「重量物の配分バランス」と「実現可能な最大高さ」の関係を定式化した。
また、実際の樹木における幹と枝の重量バランスや、高さ方向の重量分布に関する調査結果に基づき、自然界の樹木がとっている重量分布が、成長可能な最大高さにどのような影響を与えるのかを推定した。
これらの手法による研究の結果、「樹木は高さを獲得するという目的を妨げることがないよう、極めて賢く枝葉を分布させていること」が理論的に初めて明らかとなった。
研究では上図のようなモデルで定式化を行った。力学的な観点からみると、成長可能な最大高さを大きくするには、重量を比較的低い位置に集中させ、重心を下げることが望ましいと予想される。
枝葉のみの重量分布を考慮したとき、高さ方向に一定に重量分布をとる場合と比較し、上部から下部に向かって重量が増加する方が、最大高さで約1.25倍大きくできることがわかった。
さらに、それらのモデルを発展させて解析を行ったところ以下の2つが明らかとなった。
- 「枝葉重量の増加」と「重量物の上部への集中」に伴い、最大高さは著しく低下する
- 枝葉重量を増加させたとしても、重量物を下部に集中させることにより、最大高さへの影響を小さくできる
実際の樹木は効率的な光合成を行うために「できるだけ広く枝葉を分布させたい」ということが想定される。したがって、枝葉の総重量はなるべく大きく保ったまま、最大高さへの影響を最小限に抑えることが、樹木にとっての理想重量配分である。
ここで、樹木の幹と枝葉の分布について測定を行っている既往研究によると、樹木の幹に対する枝葉の重量比は、約0.1〜0.6であることが分かっている。これらの報告と今回の研究の解析結果を照らし合わせたところ、樹木は枝葉が一切ない場合と比較しても、最大高さが約1〜15%ほどの減少に収まるよう、枝葉を巧みに分布させていることが明らかとなった。
すなわち、樹木は前述した理想重量配分を達成できるよう、自信の重量分布を決定していることが、新たにわかった。
これらの結果から、樹木の形態は、さまざまな制約を最小限の損失で切り抜けた上で、最大限の目的を達成するために、長い年月をかけて学習してたどり着いた答えだったのではないかと考えられる。
北海道大学の研究グループは、同研究で解明された樹木の力学的合理性は、自然に優しい経済的な構造デザインや、新材料の創製へとつながるとし、極めて幅広い分野における応用可能性が期待できるとした。
今回、力学的アプローチから樹木の合理的進化に関する研究を紹介したが、おそらく科学的にも合理的な進化が図られていることだろう。 現在存在する生物は、合理的生存戦略に沿って進化したものと考えるべきではないだろうか。
今回紹介した樹木だけでなく、その他生物の合理的進化について調べてみても面白そうである。