ある一人の顧客が生涯を通じて企業にもたらす価値を「LTV(ライフタイムバリュー)」と呼ぶ。このLTVの最大化を目指し、積極的なデータ活用を進めているのがイオングループである。

総合スーパー事業のほか、リテール、ファイナンス、ディベロッパーなど多角的に事業を展開し、年間売上高8兆5,000億円超の企業集団である同社がなぜ今、デジタル改革に乗り出しているのか。

12月9、10日に開催された「TECH+EXPO 2021 Winter for データ活用 データが裏付ける変革の礎」に、イオン DX推進担当 菓子豊文氏が登壇。イオングループが直面する課題と、課題解決に向けたデジタル改革への取り組み、同社が見据える未来について語った。

イオンがデジタル改革を急ぐ理由

世界10カ国以上に事業を展開し、グループ従業員数は約57万人に上るイオングループ。同社は現在、温室効果ガス排出削減や植樹による資源循環の促進、地域社会との共生を目指した活動など、最先端を行く「サステナブル経営」に取り組んでいる。

  • イオン DX推進担当 菓子豊文氏

先進的な取り組みはそれだけに留まらない。2030年に向けて「デジタルシフト」を推進し、さらにデジタルを活用したエコシステム「イオン生活圏」の構築にも注力しているのだ。

デジタル改革を急ぐ背景には、同社が直面する課題がある。

「イオングループは、これまでにもITでさまざまな取り組みを行ってきました。しかし、グループ全体で考えたとき、デジタルでどれだけ活性化や効率化ができているのかというと、まだまだおぼつかないのが現状です」(菓子氏)

菓子氏がイオンの比較対象に挙げるのが、競合でもあるEC先進企業2社である。売上規模で言えば、イオンは競合2社に大きく差をつけて上回っている。一方で、競合2社はECが売上の大部分を占めており、利益面で言えば売上ほどは差がついていないと予想できる。

また、競合2社はイオンよりも多くの金額を物流やデジタルに対して投資しており、クレジットカードや独自の決済システムといった金融サービス面でも存在感を発揮しているのが特徴だ。

こうした点を考えると、「規模が大きいからといって、決してイオンが(競合に対して)勝っていると言える状況ではない」(菓子氏)のだという。

では、イオンは今後どのようにビジネスの舵取りを行おうとしているのか。その方向性を示唆するものとして、菓子氏は、世界最大級の流通会社A社が成し遂げたデジタルシフトの例を紹介した。

米国の流通企業であるA社は1996年に中国に進出。2010年にはネットスーパーを開始し、Eコマースの構築に注力してきた。しかし、思うようにいかず、一時期は不調に陥ったとされている。その後、A社は中国のWebサービス会社「JD.com(京東商城)」と提携し、O2Oチャネルを再構築。現在は会員制スーパーを拡張するなど、中国におけるビジネスも軌道に乗っている。

不調を覆し、デジタルシフトを成功させたA社の成功要因は「データの収集と活用」だと菓子氏は分析する。不調期にあってもA社はデータ収集を地道に行い、これが現在の好調の礎になっているそうだ。また、A社は米国本社でも同様にデータドリブン経営を実行しており、数億のユーザーデータ、数百万の商品データ、さらに1億近くのキーワード検索データを組み合わせてデータマイニングまで行っているのだという。

「これこそが、今後グローバルで目指すべきデータ活用ではないかと考えています」(菓子氏)

イオンにおけるデジタルシフトの現状と課題

一体、イオングループはどのようにデジタルシフトを進めていくのか。

ここで菓子氏が示したのが、「デジタル対応モデル」である。このモデルでは、オフラインの店舗からスタートして自社のEコマースを始め、そこからオンラインとオフラインの融合へと進化していくモデルと、反対にオンラインとオフラインの機能を1つのアプリに統合したエコシステムを構築し、プラットフォームを活用して事業者と顧客がつながるクロスマーケティングへと進化していくモデルの2パターンが提示されている。

前者はイオンやウォルマートのような店舗型からスタートしたビジネスにおけるデジタル対応モデルであり、後者はFacebook(現、Meta)のようなネットからスタートしたビジネスにおけるデジタル対応モデルである。

両者はスタートこそ違えど、目指すところは「オフラインとオンラインの統合」という点で、共通しているとも言える。つまり、イオングループのこれからの競合相手は、単に小売業や流通業に留まらず、「お客さまとのつながりを正確に把握している世界中の企業」になっていくのだ。

あらゆる企業が競合となり得る熾烈な状況で抜きん出るためには、いち早くデジタルシフトを成し遂げる必要がある。

では、イオングループの現状についてはどうだろうか。

菓子氏は小売業の進化ステージを第1段階から第5段階までの5つに分類し、デジタルシフトの流れと照らし合わせて分析した。

まず、第1段階は1916年。世界初のスーパーマーケットが米国でオープンしたことに端を発する店舗の近代化である。続く第2次小売業革命は1963年。カルフールやウォルマートなどの総合量販店の登場によってもたらされた。そして、第3次小売業革命は1990年代後半から2000年頃にかけて登場したEコマースに象徴される。さらに、第4段階ではO2Oのオムニチャネルへと進化していき、第5次小売業革命ではチャネルの集中から分散へと進んでいくという。

「このデジタルシフトをいち早く進めたのは、やはり中国です。現在、中国は第4段階が終わり、これから第5段階に入っていくところです」(菓子氏)

一方、イオングループは現在、どこまで進んでいるのか。

「イオンはひいき目に見ても、やっと第4段階に入ったかなというところです。我々は第4段階をできるだけスピードを上げて切り抜け、いち早く第5段階に進まなければなりません。この第5段階に進むためには、データがまとまって整理整頓されている状況が必要なのです」(菓子氏)

イオンが2025年に向けて取り組むのが、顧客を中心に据え、テクノロジーを活用して新たなエコシステムを構築することだ。DXにより、各事業や地域の垣根を越えて顧客満足度を高めること。これが実現できるかどうかが、イオングループにとっての試金石になると菓子氏は考えている。

2025年に向けた具体的なロードマップも描いている。収益の拡大を目指しながら、同時にオムニ化による顧客体験の高度化を進めるほか、店舗における顧客体験もスマート化し、データ取得への貢献度を高めていくという。

また、サプライチェーンの高度化も視野に入れている。デジタルを活用することによりサプライチェーン全体を正確かつリアルタイムに捕捉して、今後のデータの統合に役立てていく算段だ。

こうしたデジタルシフトを進めるには、当然ながら巨額の投資が必要となる。すでにイオングループは中期経営計画で、デジタル・物流への投資を優先的に行うことを発表している。

それでも、イオングループのデジタル・物流への投資比率は、ウォルマートの2015年におけるデジタル投資比率に追いついていない。ウォルマートはすでに投資全体の半分以上をデジタルに充てており、店舗にはほとんど投資していない状況だ。「我々の投資のシフトはまだまだ足りていない」と菓子氏は言う。