アミューズメント施設運営事業やオンラインクレーンゲーム事業などを展開するGENDAは2020年12月、セガサミーホールディングスの子会社でゲームセンター事業とゲーム機の開発製造を手掛けるセガエンタテインメントの発行株式85.1%を取得し買収した。セガエンタテインメントは現在、GENDA GiGO EntertainmentとしてGENDAの傘下企業となっている。2022年1月28日には残りの14.9%の取得が完了し、SEGAブランドで運営しているゲームセンターの店舗名は「GiGO」に変更となることが発表された。

買収により、20数名から4000名以上へ、従業員数が200倍に急増することとなったため、GENDAはさまざまな業務システムをはじめ、基幹システムを新たに構築する必要があった。また、セガエンタテインメントのオンラインクレーンゲーム事業が赤字続きだったため、デジタルビジネスを黒字化するための体制構築も経営上の大きな課題となっていた。

当時、GENDAのIT担当はCTOのみで、セガエンタテインメントの情報システム部門に開発経験のあるメンバーはいなかった。だが、合併から1年でリプレイスを完了させ、現在は自社の開発チームがサービスの開発から運用・保守を担っている。

人手と開発経験が足りない中で、どのように組織づくりや意識改革を進めたのか。また、基幹システムのリプレイスにあたって重視したこととは。CTOとして合併後のDX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクトをけん引した重村裕紀氏に話を聞いた。

  • GENDA CPO 重村裕紀氏

プロフィール
GENDA CPO 重村裕紀氏
大学在学中にFiNC Technologiesの立ち上げにエンジニアとして参画。その後、複数のITスタートアップに関わり、プロダクトマネージャーやデータサイエンティストを経験。2020年10月に、GENDAによるセガエンタテインメントの買収においてCTOとして入社し、IT領域の統合の責任者としてDXプロジェクトをけん引する。現在はCPOとしてデジタルプロダクトやサービスのプロダクトマネジメントを担当する

カスタマイズのしやすさ重視し、複数のSaaSを活用

リプレイス前の2社の基幹システムとリプレイス後の構成を教えてください

重村氏:GENDAはSMB(Small and Medium Business)向けのSaaSを組み合わせて基幹システムを構築し、セガエンタテインメントは親会社だったセガサミーホールディングスが管理・運用するエンタープライズ向けのパッケージソフトを利用していました。

2社が合併することで、全体の従業員数は4000名以上になり、SMB向けのサービスは業務継続性の観点から合いません。また、セガサミーホールディングス のシステムからセガエンタテインメントが抜けることも決定していたので、リプレイスではエンタープライズ向けのパッケージソフトだけでなく、ミドル向けのSaaSを組み合わせて新しいシステムをイチから構築しました。

現在は、会計システムに「Infor LN」、人事システムに「POSITIVE」、アルバイトの入退社システムに「SmartHR」、勤怠管理システムに「リシテア」、ワークフローに「MAJOR FLOW Z」、経費精算システムに「楽楽精算」を導入しています。これらに加えて、データ連携ミドルウェア「ASTERIA Warp」を導入しています。

セガサミーホールディングスが利用していたシステムを再現する案もあったのですが、例えば、1つのパッケージシステムの運用保守に数名の専属エンジニアが必要となるなど、運用負荷が掛かりすぎるため、そもそもの業務システムを簡素化したうえで、SaaSも活用する方向性に決めました。

基幹システムのリプレイスでは、どのような課題がありましたか?

重村氏:企業規模や文化、業務フローなどが異なる2社の従業員が利用するシステムを、限られた時間内でイチから構築しなければいけないという点が最大の課題でした。

従業員がスムーズに働けるシステム環境を1日でも早く整えることは、2社の統合効果を最大化するうえで重要です。そのため、リプレイスまでの期限は1年間と定め、ゼロベースではなく、セガサミーホールディングスで使われていたITスタックをベースにシステムの選定を進めました。

基幹システムとして導入するアプリケーションについては複数案を出し、いったんITベンダーから予算見積もりを受けたうえで、現状の企業規模に合うか、より強化すべき領域はどこか、ベンダーを介さずに自社で導入できないかなどを情報システム部門のメンバーと一緒に検討していきました。

  • 「セガエンタテインメントの情報システムメンバーはゲームセンター事業が好きで、仕事に熱意を持っていた。また、IT業界で揉まれてきた根性のある人が多く、実行力は高かったおかげでプロジェクトを成功することができた」と重村氏は振り返る

何名ほどのチームで計画を実行したのですか?

重村氏:GENDAのエンジニア第一号兼CTOとして入社した私と、セガエンタテインメントの情報システム部門のメンバー5名で「IT移行プロジェクト」というチームを作り、プロジェクトを進めました。

リプレイスにあたっては、セガサミーホールディングスのシステム利用状況やテンプレートの把握、2社統合で必要になる要件や将来的に必要な機能の検討などをセガエンタテインメントの情報システム部門のメンバーが担当しました。

私は業務システム構築は門外漢だったのですが、複数社のITベンチャーでの経験を生かして、コーポレートITに詳しい外部人材をチームでの議論に招へいするほか、プロダクトマネジメント視点での提案、ツールや技術選定を担当しました。

また、プロジェクトを実行するには実作業に当たる人員が足りなかったのですが、1年間という短い期間で正社員採用を行う余裕はなかったので、今回はフリーのエンジニアへの業務委託を活用しました。

単一のパッケージサービスの導入ではなく、あえて複数のパッケージソフトやSaaSの組み合わせにしたのですね

重村氏:カスタマイズを減らしたいという考えがあったので現行の構成に落ち着きました。

確かに、オールインワンのパッケージも使いやすいとは思いますが、必要な機能を自社の要件に合わせて使いやすい形で導入しようとすると、導入を依頼するITベンダーにカスタマイズも依頼することになります。

IT移行プロジェクトではリプレイスとともに、開発内製化や外注依存からの脱却もCTO室としてのコンセプトにしていました。オールインワンのパッケージのカスタマイズは、プログラミング言語でシステム構築をしなければならないし、自社でもパッケージソフト専任のエンジニアを抱える必要があるので、カスタマイズにおける技術面でのサイロ化が起き、システムの維持利用のコストも高くなるため、今回は見送りました。

現状、業務システムごとに導入したシステムは、なるべくカスタマイズせずに利用しています。給与計算など、どうしてもカスタマイズが必要な部分については、計算ロジックを外に切り出した上で、自分たちで開発し、集計したデータを自動でシステムに取り込むなどで対応しています。

開発内製化の第一歩は「不安の解消」から

開発の内製化はどのような経緯で決めたのですか?

重村氏:合併前までセガエンタテインメントでは、クーポンアプリやオンラインクレーンゲームなどの自社サービスやシステムで発生する開発は基本的に外注していていました。また、自社サービスも売り上げは伸びていても営業利益で見て赤字続きで、黒字化する目途も立っていなかったので、利益貢献と事業拡大のための第一歩として開発の内製化を決めました。

現在は、情報システム部門をコストセンターからプロフィットセンターにすることを目標に、「開発の内製化」「利益貢献」「事業拡大」と3ステップでのDXロードマップを基にプロジェクトを進めています。

  • 買収で進めたCTO室が立てたDXプロジェクト。黒字化とプロフィットセンターの第一歩として、まずは開発内製化に着手した

個人的には、顧客と開発が近いとプロダクトへのユーザーニーズの反映の早さや柔軟さを高められ、結果的に良いサービス提供に繋がると考えていたので、アジャイル開発ができるような開発チーム作りを進めました。

内製化について、反対は無かったのですか?

重村氏:反対はありませんでしたが、不安を感じているメンバーは多く、最初は賛同を得られませんでした。セガエンタテインメントの情報システム部門のメンバーは、オープンでフレンドリーなのですがスケジュールを緻密に管理していて、「内製化した時にスケジュールを守れるのか?」と気にする声も多く上がりました。

組織づくりに動く前に、まずはメンバーの不安解消が重要だと考え、うまくいかなかったときのリスクヘッジプランを提示しました。また、「最悪、開発がうまく進まなかったとしたら、GENDAで引き取って対応するので、内製化に挑戦してみませんか?」と伝えました。

内製化のための組織づくりでは、具体駅に何をしましたか?

重村氏:まずは意識改革と働き方改革に取り組みました。例えば、「自分たちである程度作れたほうが良いサービスを提供できる」という内製化のメリットを何度も伝えたり、自社開発をするうえでの情報共有や業務の進め方なども共有しました。コミュニケーションツールは「Slack」を導入するなど、エンジニアが働きやすいツールの導入を行いました。

次に行ったのが採用です。現在では正社員採用をしていますが、当初は業務委託から進めました。採用で苦労したのは、セガエンタテインメントと採用したい人材との間にある、給与制度や福利厚生、働き方などの文化面のギャップの解消です。

例えば、コーポレートIT人材の給与水準は急激に上昇しています。また、エンジニアもリモートワークや副業を前提とするなど、IT人材を採用するためには、給与水準や働き方を根本的に見直す必要があります。しかし、セガエンタテインメントでは、そういった外部環境の変化への対応が追いついていない状況でした。

現在は開発エンジニア向けに別の評価制度を作り、雇用先を親会社のGENDAにしてGENDA GiGO Entertainmentに出向させる、というスキームにするなどして給与制度や福利厚生面のギャップ解消を図っています。将来的にはテクノロジー関連の人材をまとめた別会社を作りIT人材はすべてその会社に所属させたり、人事制度を見直したりなどの対策が必要だと考えています。

技術スタックのアップデートが採用に繋がる

開発エンジニアの採用では、条件や就業環境以外に何が求められるのでしょう?

重村氏:当社での採用活動では、自社サービスの技術スタックをアップデートしたことがプラスに働きました。

セガエンタテインメントの内製化はクーポンアプリで進めたのですが、サーバーサイドはJavaやPHP、ウェブフロントはjQuery、AndroidもJavaを用いるなどレガシーな技術スタックでした。そこから、サーバーサイドはGoを中心に、ウェブフロントはReact、AndroidはKotlinにリプレイスするなど、技術スタックをモダンなものにした結果、良い人材の採用に繋がりました。

実は以前、GENDAでオンラインクレーンゲームアプリの開発エンジニアを採用しようとした際に、レガシーな技術スタックが採用のボトルネックになった事例があったので、今回もそうなるだろうと判断しました。

クーポンアプリの内製化体制は整ったので、2022年からはオンラインクレーンゲーム内製化を進める予定です。

このほか、内製化のためにどんな取り組みをしていますか?

重村氏:マーケティングコストの最適化を同時に進めています。なぜなら、サービスを開発し、世の中に提供するうえでは、自社の提供価値やユーザーのニーズ、市場でのポジションを把握することが欠かせないからです。

従来、セガエンタテインメントではアナログな市場分析を基にマーケティングや広告活動を実施しており、プロダクトを提供するターゲットもポジショニングも不明確でした。現在はデジタルマーケティングツールの活用を進め、データに基づいたマーケティングを行っています。

今後の取り組みについて教えてください

重村氏:基幹システムでは、各システムをハブとなるシステムに繋げてデータ連携を行う「データハブ」のコンセプトでデータ分析基盤を構築していこうと考えています。業務システムごとにP2P(ピアツーピア)でデータ連携をすると、どこかのシステム間のデータ連携で障害が発生した際に探索経路が複雑になり原因究明と復旧に時間がかかります。ハブを中継する構成にすることで、データの流れを可視化しやすいシステムにしていきたいです。

これまで、基幹システムまわりの「コーポレートIT」と自社サービス群の「ビジネスIT」のDXを進めてきました。これからは、DXロードマップのステップ3にあたる「事業拡大」に取り組むべきタイミングだと考えています。

  • GENDA GiGO Entertainmentが実施したDX

既存のゲームセンター事業を支えるオペレーションは、まだアナログな部分が多いので、そこをデジタル化して人件費や原価率を下げる。もしくは、LTV(Life Time Value)などの指標を取り入れて顧客生涯価値を高めるといった取り組みも必要となるでしょう。

CPOとしては、デジタルプロダクト事業を伸ばしていきたいです。ECではなくAWSがAmazonの利益貢献の柱であるように、GENDAの中でもデジタルプロダクトを利益の大黒柱にしたい。基幹システムと開発チームが整ったGENDA GiGO Entertainmentでも、GENDAとセガの知見を生かした、新しいエンターテインメントを生み出すプラットフォームを作っていきたいです。