セールスフォース・ドットコムが、インダストリークラウドビジネスを強化している。Salesforce Industry Cloudのラインアップを強化するとともに、実績を持つ金融分野への展開だけでなく、製造、ヘルスケア、コミュニケーション、小売・消費財などの分野にも展開。国内における導入が加速しているところだ。同社のインダストリークラウドへの取り組みを、セールスフォース・ドットコム 常務執行役員 インダストリーズトランスフォーメーション事業本部の今井早苗氏に聞いた。

  • セールスフォース・ドットコム 常務執行役員 インダストリーズトランスフォーメーション事業本部 今井早苗氏

セールスフォース・ドットコムでは、Salesforce Customer 360と呼ぶ製品群を用意している。これは、世界ナンバーワンの導入実績を持つCRMを生かしながら、顧客の情報を中心に、営業、サービス、マーケティング、Eコマース、IT、アナリティクスを連携し、コミュニケーションと意思決定を支援することになる。

今井氏は、「拡張性に優れた単一のCRMを基盤に、カスタマージャーニーのあらゆるフェーズに対応したアプリケーションを用意しており、その組み合わせによって、短期間で効果を発揮することができるのがSalesforce Customer 360」と位置づける。

その上で、「Customer 360をパーソナライズし、業界特有のお客様に対する提案を行っている。医療業界であればPatient 360、通信・メディア業界であればSubscriber 360、金融機関ではClient 360といったように、汎用的なCustomer 360を一歩進めて、業界ごとのCustomer 360を提供している」とした。

では、これに対して、Salesforce Industry 360は、どんな位置づけの製品になるのだろうか。

「これまでのCustomer 360をベースにした業界ごとの提案は、Salesforce Platform上で、Sales CloudとService Cloudが提供され、その上に、業界やお客様にあわせた機能をそれぞれに提供してきた。いわば、カスタマイズする形であり、この部分は年3回のバージョンアップの対象外となっていた。これに対して、Salesforce Industry Cloudは、市場環境やお客様の声、カスタマイズの実績などをもとに、業界特有のUI 、ロジック、データモデルを標準機能として実装。これを含めてSaaSとして提供できる。標準機能のすべてがバージョンアップの対象となり、最新の機能を利用できる」とする。

  • Salesforce Industry 360とは

たとえば、医療機関や製薬業界向けに提供するHealth Cloudでは、Sales CloudとService Cloudで提供している機能に加えて、Customer 360ではカスタマイズ領域であった業界特有となる、患者・契約者360や医師・医療機関管理、患者・契約者向け事務、診療内容&紹介管理、在宅診療、接種履歴管理といった機能を標準で提供。医師、看護師、ケアワーカー、患者本人、患者の家族の情報を管理、業務遂行を支援することができる。

  • Health Cloudのアーキテクチャ

「Salesforce Industry Cloudは、業界固有の顧客接点に関わる業務機能、プロセスを標準機能として搭載し、同時に、Salesforceの各製品と連携させることで、お客様との関係構築やロイヤリティ向上に取り組むことができる」とする。

現在、Salesforce Industry Cloudには、金融業界向けのFinancial Services Cloud、製造業向けのManufacturing Cloud、消費財業界向けのConsumer Goods Cloud、教育機関向けのEducation Cloud、NPO向けのNonprofit Cloud、通信業界向けのCommunications Cloud、メディア・広告代理店向けのMedia Cloud、エネルギー業界向けのEnergy & Utilities Cloud、医療機関、医療保険、製薬業界向けのHealth Cloud、企業の社会貢献支援ソリューションとなるPhilanthropy Cloud、官公庁向けのGovernment Cloud、公営住宅や養護施設、自動福祉などの社会福祉分野向けのPublic Sector Solutionsの12種類を用意している。

  • Salesforceのインタストリークラウド

なお、Philanthropy Cloud、Government Cloud、Public Sector Solutionsについては、米国市場に最適化した構成となっているなどの理由により、日本では提供されていない。 また、これらの業界向け製品とともに、2021年5月から提供を開始した顧客ロイヤリティを向上させることができるLoyalty Managementや、2022年春の提供開始を予定している企業の脱炭素をサポートするNetZero Cloud(旧Sustainability Cloud)も、Salesforce Industry Cloudの製品群に位置づけられており、様々な業界で利用できるようになっている。

「Loyalty Managementは、日本のように人口が減少する市場で、顧客のロイヤリティを高めたり、エンゲージメントを最大化するための顧客接点の強化、顧客との関係構築という点でも有効である」とする。

日本では、2021年6月にHealth Cloudの投入を開始。これが、Salesforce Industry Cloudのラインアップのなかでは最新版となる。

Health Cloudは、米国に比べて市場投入が遅れたが、その背景には、米国と日本では、保険の仕組みや規制が異なっており、日本でも利用できるようにカスタマイズしたり、日本の電子カルテの仕組みとの連動を図ったりするなど、日本市場向けに改善を行ったり、パートナーとともに日本の市場に適用するための準備に時間がかかっていたのが理由だ。

また、今後は、Public Sector Solutionsに関しては、日本市場への投入も検討していくことになるほか、米国市場においても、新たなSalesforce Industry Cloudのラインアップが広がる可能性があり、その動きにあわせて日本への市場投入も検討していくことになるという。

ここ数年、インダストリークラウドに対する関心が高まっている。そうしたなかで、セールスフォース・ドットコムのインダストリークラウドはどこに差別化点があるのだろうか。

Salesforce Industry Cloudの特徴について、今井氏は、「IaaSやPaaSのベンダーが提供するインダストリークラウドではなく、SaaSを提供するクラウド専業ベンダーによるインダストリークラウドであり、サービスの安定性、拡張性では一日の長がある」としながら、「世界ナンバーワンのCRMプラットフォーム上で、10以上の業種別クラウド製品を提供している点に加えて、業種別データモデルでのインテグレーションや、700以上のすぐに使えるプロセスを提供していることで、最速で価値を実現できること、年3回のバージョンアップによる柔軟性と拡張性に優れたプラットフォームであり、最先端の機能を活用してもらえること、信頼できる唯一の情報源を構築し、それを活用できること、そして、業界の専門知識を持つ全世界20万社以上の認定パートナーや、600以上の業界向けアプリをAppExchangeで提供するエコシステムを持つ点が強みになる」とする。

業界に精通したパートナーから、Salesforce Industry Cloudで利用できる機能が提供されるだけでなく、その知見をもとにした導入コンサルティングの動きも増えているという。 「こうしたエコシステムやコミュニティの存在によって、顧客接点の機能や、各業界固有の機能や業務プロセスを最適な形で導入できる」とする。

さらに、「海外において、多くの実績を持っている点も、Salesforce Industry Cloudの強みになる。グローバルの競争環境にある業界の企業にとっても、競争力を高める提案が可能になる」とした。

2021年11月に国内で開催した「Salesforce Success Anywhere World Tour」では、初めて「インダストリートラック」が用意され、国内外の事例が公開されたが、これも多くの実績を持つSalesforce Industry Cloudの特徴を示すものになった。

もうひとつ、セールスフォース・ドットコムのインダストリークラウドの特徴といえるのが、買収した企業が持つ製品やサービス、技術との連携だ。

たとえば、Communications CloudやMedia Cloud、Energy & Utilities Cloudは、2020年6月に買収したVlocityの製品をもとに、Salesforce Industry Cloudの新たな製品としてラインアップ。さらに、同社が保持していた機能を、既存のSalesforce Industry Cloudに取り込むといったことも行われている。具体的には、Financial Services Cloudには、Vlocityが持っていた保険業界向け機能を取り込むといったことが行われている。

また、2018年4月に買収したMuleSoft、2019年1月に買収したTableau、2021年7月に買収したSlackとの連携も、Salesforce Industry Cloudの特徴になる。

「セールスフォースはフロントでの接点業務が得意分野であるが、インダストリークラウドは基幹系との連携が重要になる。そこにMuleSoftが活用できる。また、Tableauによるリアルタイム分析を行ったり、データの可視化を実現。Slackによって、現場でのやりとりを促進したりといったことができる。MuleSoft やTableau、Slackとの組み合わせで、Salesforce Industry Cloudによる業界DXをさらに加速できる。これからは、製品を組み合わせたシナリオ提案が増えていくことになる」とする。

米ケンタッキー州ルイベル市では、Health Cloudを活用して、新型コロナウイルスのワクチン接種の際に、臨床医が予防接種の履歴や健康情報を含む患者カルテにアクセスし、状況や進捗を管理することができるようにしただけでなく、ワクチン投与状況のデータをTableauで可視化したり、疾病対策予防センターの情報をはじめとした外部のデータと連携するためにMuleSoftを活用。外部データをHealth CloudやTableauに取り込んで、すべての情報をひとつの画面に表示できるようにしたという。また、Einstein AIによって、ワクチン接種が遅れている地域がなぜ遅れているのかといった理由を探索し、AIによる解決策を提案。また、Trailheadのトレーニングも表示し、ワクチン投与や取り扱いに関して必要なトレーニングを、診療時の職員などが受けることができるという。

Salesforce Industry Cloudの導入は、日本でも促進されており、いくつかの最新事例も公開している。

静岡銀行では、営業活動の強化において、Salesforce Industry Cloud を採用。コンタクトセンター向けにServices Cloud を導入したほか、営業支援システムにFinancial Services Cloudを採用。2021年1月から稼働させている。すでにマーケテイングプラットフォームにSalesforce Marketing Cloudを導入しており、顧客接点のフロントシステムをSalesforceプラットフォームに集約することで、顧客目線ではサービスがワンストップで提供される環境が実現できる。

そのほかにも、Financial Services Cloudは、見積り、保険料計算、契約管理、給付金請求管理といった保険業界に欠かせない機能を標準機能として備えているため、顧客接点管理がしやすく、SalesforceのSales Cloud、Service Cloudなどと連携して使用することで営業、コールセンター、保険代理店、マーケティングなど、多数の顧客接点から得られる情報を統合し、サービス改善、顧客ロイヤリティの向上に取り組んでいる事例があるという。

「都市銀行や大手保険会社に加えて、ここにきて地銀での採用が増えている。パンデミックによる市場環境の変化、地銀におけるDXへの取り組みにおいて、Salesforce Industry Cloudが活用されており、今後、こうした事例が増えていくと考えている」とした。

また、花王では、小売店向けの店頭施策を変革することを目的に、Consumer Goods Cloudを採用し、機能別だったフィールド業務に関するシステムを統合するとともに、店舗業務のプロセス改善とシンプル化を実現。しかも、約8割の業務を標準機能で稼働させたという。

  • 花王の事例

Consumer Goods Cloudが、フィールド業務全般の標準機能と、ビジネスの変化に柔軟に対応できる拡張性を備えており、カスタマイズを最小限に抑えたことで、短期間に業務の効率化を実現。消費財メーカーにおけるDXの推進に大きく貢献できることを示す事例になったと位置づける。

「人手不足の影響を受けるリテールの現場では、お客様と触れ合う店舗スタッフの業務を効率化し、いかにお客様との対応に時間をかけられるかが近年の課題になっている。Consumer Goods Cloudの導入により、店頭業務のプロセスを改善し、高度化することで、業務のシンプル化と標準化を実現するとともに、消費者の店舗体験の向上と、小売チャネルパートナーとの関係強化を実現している」という。

さらに、日本におけるリリースから約半年間のHealth Cloudでも、コロナ禍において、業務改善が求められている医療機関や医療保険、製薬メーカー、医療機器メーカーからの引き合いが増えているという。

セールスフォース・ドットコムでは、企業全体として、日本における体制を強化しているが、Salesforce Industry Cloudに関しても、継続的に体制を強化しているところだ。

 「各業界が持つ課題の解決に向けて、Salesforce Industry Cloudを提案できる体制を整えている。金融、製造、ヘルスケア、コミュニケーション、小売・消費財などといった分野への提案のほか、最近では業種の枠を超えた事業展開を行う企業も増えており、多角化する事業を一元管理するといった点でも、Salesforce Industry Cloudはメリットを提供できる」とする。

 今井氏は、2021年の取り組みを振り返り、「Salesforce Industry Cloudが新たなステージに入った1年だった」とする。

「日本においては、Financial Services Cloudによる金融分野での導入が先行していたが、様々な業界に向けてソリューションを提供できる体制が整い、とくに、Manufacturing Cloud やConsumer Goods Cloud、Education Cloudの導入が促進されている。さらに、Health CloudやLoyalty Managementといった新たな製品も日本で提供を開始することができ、これらの製品に対する関心が高い」と語る。

その上で、「2022年は、パートナーとの連携により、さらに広く展開していく1年になる。顧客接点の領域が得意なパートナーに加えて、内部の業務に精通したり、基幹系システムに精通したパートナーとの連携といった観点からも、Salesforce Industry Cloudのエコシステムやコミュニティを広げたい。あらゆる業種、あらゆる規模の企業に導入できる強みを生かして、全国の地域に広げていくための取り組みも強化したいと考えている」とする。

また、Health Cloudでは5つのサブセクターにコンポーネントが分かれており、Financial Services Cloudも金融、保険、投資銀行などに細分化した形で提案できるようになっている。「細分化する動きが、さらに加速するだろう。これを捉えて、日本のお客様により最適なソリューションを提供する仕組みも構築したい」とする。

今井氏は、「SaaSとしての特徴を生かしたインダストリークラウドの提案をさらに加速したい。コンタクトセンターのシステム構築の際に、多くの企業がService Cloudを選択肢のひとつとして思い浮かべるように、Salesforce Industry Cloudが、様々な業界において、DXを推進する際に、必ず選択肢にあがるようにしていきたい」と語る。

ラインアップの拡張と、体制強化により、日本におけるSalesforce Industry Cloudの展開が急加速しそうだ。