宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月21日、次期基幹ロケット「H3」に関する記者説明会を開催し、目指していた2021年度内の初号機打ち上げを断念したことを明らかにした。同ロケットの第1段エンジンとして開発を進めてきた「LE-9」に新たな問題が見つかり、その対策に時間を要するため。

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    開発が進むLE-9エンジン。H3ロケットでは第1段に2基または3基が搭載される

H3ロケットの開発延期はこれで2度目。前回は2020年度→2021年度と1年間の延期を決めていたが、今回の再延期については期間は明言されておらず、それだけJAXAも慎重になっていることが分かる。LE-9に一体何が起きたのか。本稿では記者説明会で明らかになった現状について、詳しく見ていきたい。

燃焼室内壁の問題については解決にメド

LE-9は、液体水素と液体酸素を使うロケットエンジンである。この推進剤の組み合わせ自体は、H-IIAロケットの第1段エンジン「LE-7A」と同じだが、大きく違うのは、新たに「エキスパンダーブリード」というサイクルを採用したことだ。性能は従来の「2段燃焼」に比べて落ちるものの、シンプルで低コスト化しやすい。

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    LE-9エンジンの概要。液体水素と液体酸素の流れは、下の図を見ると分かる (C)JAXA

液体エンジンでは、推進剤を燃焼室に送り込むため、ターボポンプを使う。ターボポンプのタービンはガスで回すのだが、異なるのはこの駆動ガスの供給方式だ。2段燃焼では、推進剤の一部を小型の副燃焼室(プリバーナ)に送り、燃焼ガスを発生させる。大きな駆動力を得やすく、第1段エンジンには適している。

一方、エキスパンダーブリードは、推進剤で燃焼室を冷却させ、温度が上がってガス化したものを使う。副燃焼室を廃することで、本質的に爆発しにくい安全性の高さも得られるが、燃焼室で効率的に熱を吸収させる必要があり、大型化が難しかった。日本は第2段エンジンで使ってきたが、第1段への適用は世界でも初のチャレンジとなる。

このLE-9に異常が見つかったのは、2020年5月に実施した燃焼試験だった。試験後にエンジンを分解して詳細に調べたところ、以下の2つの現象を確認。この問題に対応するため、同年9月に打ち上げの延期が決まった。

  1. 燃焼室内壁の開口
  2. 液体水素ターボポンプ(FTP)タービンの疲労

上記(1)は、最大で幅0.5mm、長さ10mm程度のヒビが、計14カ所で見つかったというものだ。燃焼室内壁が予想以上に高温化したことが原因と考えられたが、高温化した理由としては、「定常時の局所的な熱の流入」と「起動・停止過渡時の一時的な冷却不足」の2つまで絞り込めたものの、特定できていなかった。

その後、同年11月より、計9回の燃焼試験を追加で実施。試験データやシミュレーションなどの結果から、定常燃焼中の問題だったと推定、高温の温度サイクルにより変形が累積し、開口に至ったことを突き止めた。

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    高温により内壁が変形。これを繰り返すことで、最終的に開口に至った (C)JAXA

燃焼室の壁の内部には無数の溝が作られており、その中を冷却用の水素が通っている。前述のように、エキスパンダーブリードの大型化は、ここで効率的に熱を吸収することがカギの1つ。そのため、内壁は薄いところで0.7mm程度の厚さしかなく、どうしても変形には弱くなっていた。

この問題は、燃焼室内壁の温度を下げることで回避できる。温度を下げすぎるとエンジンの性能まで低下するため、ギリギリのところを狙う必要はあるものの、冷却溝の流量を増やすなどして、壁温が上限(約1,100K)以下で動作するようにした。

なおLE-9の噴射器(インジェクタ)は、初号機は機械加工、2号機以降は3Dプリンタで製造する。初号機については、壁温に十分な余裕があり、対策のメドは立った。2号機以降については、燃焼試験をさらに追加で行い、検証を進めるという。

しかしターボポンプでは新たな問題が

一方、(2)のターボポンプでは、タービンの第2段動翼のところで、76枚中2枚に破損が見つかっていた。これについては、翼振動計測試験という新しい手法を導入し、ターボポンプの動作中に動翼がどのくらい歪んでいるかを直接計測。その結果、当初想定していなかった周波数で共振が発生していたことが分かった。

ターボポンプは、ポンプとタービンで構成される。ポンプ側には、インデューサとインペラという2つの羽根車があり、これをタービンで高速に回すことで、推進剤を加圧する仕組みだ。ただ高速に回転する装置では、必然的に共振の問題が発生しやすく、それがターボポンプ開発の難しさに繋がっている。

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    ターボポンプの構造。右の写真が内部の回転体で、液体水素と液体酸素で形状が大きく異なる (C)JAXA

タービンの動きについては、記者説明会で紹介された動画が分かりやすい。左から、第1段の静翼と動翼、第2段の静翼と動翼が並ぶ。静翼で駆動ガスの向きを変え、動翼を回していることが分かる

共振は、物体が外部の振動と同期して、さらに大きく振動する現象である。これは、物体の固有値(共振周波数)をずらすことで回避できるため、対策として翼の形状を変更。新設計のタービンで再び翼振動計測試験を行ったところ、改善効果が確認されたという。

しかしこの試験において、タービンに新たな問題が見つかった。今度は、第1段のディスク部で、5カ所にヒビが発生。これは共振ではなく、フラッタが原因だった。フラッタは、物体とその周囲を流れる液体・気体の動きによって生じる振動現象。共振とは発生要因が異なるものの、現象としてはどちらも振動となる。

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    共振を解決したと思ったら、今度はフラッタが発生。どちらも振動現象だ (C)JAXA

また最初に問題が見つかったのは液体水素側のターボポンプのみだったが、水平展開として液体酸素ターボポンプ(OTP)の設計変更も行い、タービンの共振を極力回避。翼振動計測試験において、改善を確認した。

しかしこちらでも、新たな振動が見つかった。これは、タービン入口における不均一性などによって生じているものと推定。この問題に対しても、さらに対策が必要となった。

液体水素側と液体酸素側でそれぞれ新たな問題が見つかり、追加で対策が必要となったことで、再度の延期が決まった。これらの振動現象への対策としては、(1)加振源の調整、(2)固有値の調整、(3)減衰力の強化、といった手法があり、この3つをバランス良く設計変更に組み込むという。

全ての共振やフラッタを排除することは極めて難しい。しかし、ターボポンプの運転範囲外の振動であれば、短時間で過渡的に通過するだけなので大きな問題にはならない。運転範囲の回転数から、共振やフラッタを追い出すのが基本方針となり、現在、複数の対応策を具体化しているところだ。

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    翼振動計測試験では、歪みセンサーを動翼に取り付け、実際の運転状態でデータを計測できる (C)JAXA

エンジン開発の魔物はもういない?

再度の延期について、H3ロケットの岡田匡史プロジェクトマネージャは、「自分自身もとても悔しい」と心情を吐露。「LE-9エンジンは完成まであと一歩のところで、この一歩は慎重かつ確実に仕留めないといけない。対策については見当が付かないという状況ではなく、ベストな答えを選んでいるところ」と説明した。

新たな打ち上げ時期について、岡田プロマネは年度を明言しなかったものの、これは何年かかるか分からないような深刻な事態というわけではなく、対策によって期間は大きく変わるため、どの対策にするか決めてから正確に公表したい、ということのようだ。2022年度内の打ち上げも、可能性としては十分にあるだろう。

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    H3ロケットの岡田匡史プロジェクトマネージャ

問題を1つ解決したと思ったら、また新たな問題が出てきて、なんとももどかしい。ただ、岡田プロマネは数十年前、H-IIロケットの「LE-7」エンジンの開発にも関わっていたが、その当時と比べ、「明らかに高い信頼性で作り込みながら開発ができている」と、手応えも感じている。

ロケットは非常に複雑なシステムであり、開発段階で全ての問題を見つけることは難しい。100%発生するような明かな問題ならまだしも、製造時のわずかな誤差や気温などの環境条件によって、10回の打ち上げで1回くらいしか発生しないような稀な問題だと、発見はさらに難しいと言える。

実際に飛ばしてみないと分からないことも多く、それは打ち上げ後に改良していくしかない。そのため、新型ロケットというのは一般的に、最初の10回くらいのうちは失敗する確率がやや高くなる傾向がある。日本でも、H-IIロケットは7機目(8号機)、H-IIAロケットは6機目で打ち上げに失敗している。

特に、H-IIロケット8号機は、LE-7エンジンで発生した問題が原因だった。今回のLE-9エンジンの問題は、従来なら見過ごしていた可能性があるものを、計測技術と解析技術の進化により、予兆を未然に掴むことができたのかもしれない。

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    JAXAの角田宇宙センターには、原因究明のために海底から回収されたLE-7エンジンが展示されている(2020年2月に撮影)

H3ロケットでは、すでにインマルサットの衛星を打ち上げることも決まっている。開発が大幅に遅れると顧客が離れる恐れもあり、悩ましいところではあるが、打ち上げ失敗のダメージはより大きい。総合的に考え、見つかった問題に対しては全て対処し、自信を持って打ち上げに臨みたい、ということだろう。

エンジン開発には「魔物が潜む」とよく言われる。これは技術的な難しさを表した言い方であるが、岡田プロマネは「魔物というとイメージが悪いが、私は技術の神様だと思っている」と述べる。「その神様に、しっかりやれと言われている。認めてもらえるよう頑張るしかない」と、前向きに捉えた。