総合研究大学院大学(総研大)は1月17日、生物の免疫機構やワクチンや抗ウイルス剤などをかいくぐるA型インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などの病原体に焦点をあて、その感染力や病原性の進化を数理モデルで解析した結果、免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体では、感染宿主をより激しく搾取し、疾病を重篤化させる方向への進化が起きやすいこと、つまりより強毒化する一般的傾向があることが明らかになったと発表した。
同成果は、総研大 先導科学研究科の佐々木顕教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生態学と進化生物学の関連分野全般を扱う学術誌「Nature Ecology and Evolution」に掲載された。
ヒトを含む多くの生物には、一度体内に侵入してきた病原体を記憶し、次に同じ病原体が入ってきても重篤な症状にはならない「獲得免疫」の仕組みがある。しかし、A香港型(A/H3N2)やAソ連型(A/H1N1)などのインフルエンザは、SARS-CoV-2がパンデミックを起こすまでは毎年のように冬に流行を繰り返してきており、獲得免疫があるはずの人も何度も感染してしまうことも起きていた。
このことは、これらのインフルエンザウイルスに対し、獲得免疫が働いていないことを表すものではなく、大きくA香港型やAソ連型に分類されるものの、免疫系の警戒網の外にはみ出てしまうほど、姿を変えることで、感染してしまうということに起因している。
また、SARS-CoV-2に見られるように、ウイルスは進化速度の速いものも多い。そのため、宿主の免疫系や、病原体に対抗するために人類が作り出したワクチンや抗ウイルス剤などが、逆に病原体を進化させてしまうことがあることも知られている。抗生物質などの効かない薬剤耐性菌も増えており、医療現場における問題として認知されている。
SARS-CoV-2のように流行の拡大と変異株交代が同時進行する病原体や、インフルエンザA型ウイルスのように、毎年のようにウイルス表面抗原タンパク質を変異させて宿主免疫系から逃げ続けるような病原体では、宿主に対する感染性の強さや病原性の強さはどういう方向に進化しやすいのかという疑問を持ったのが、佐々木教授らの研究チームとなる。今回の研究では、量的形質の遺伝学と適応進化の動態とを統合する新理論体系「オリゴモルフィック・ダイナミクス」を開発して適用させ、その予測を行うことにしたという。
この新たな数理モデルによる解析が実施されたところ、このような病原体では、普通の病原体で進化する感染力や病原性のレベルを大きく超えて、宿主にとってより重篤な症状をもたらす方向へ、進化の行き先がシフトする一般的傾向があることがわかったという。
その理由は、宿主の免疫系やワクチンや抗ウイルス剤などから逃走し続ける状況では、宿主を「だましだまし」うまく利用してトータルで多くの子孫を残すことよりも、宿主を早々に使い捨ててもいいから早く増えられる戦略の方が有利になるからだという。トータルの数では損をしても逃走のスピードに優れる株は、結果として、免疫系の包囲網から早く抜け出すことが可能だが、ゆっくり数を稼ぐ株は、数を稼ぐ前に免疫系に飲み込まれてしまうためだという。
研究チームでは、病原体と宿主免疫系、あるいは病原体と人間によるワクチンなどの防除政策との闘いは、簡単には決着がつかないとするが、今回の研究結果から、「免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体は、より強毒化もしやすい」という、望ましくない特徴も明らかになったものの、病原体の免疫からの逃走や強毒化のダイナミクスについての解明もかなり進めることができたとする。
そのため、免疫やワクチンによる病原体包囲網に対して、病原体の側が急速に巧妙に対抗進化してくるとしても、これらの理論的知見を活かして、病原体の進化ダイナミクスに介入すること、つまり“追い込み方を洗練させること”で、病原体の対抗進化のスピード、さらにはその逃避の成功の可否をも変えることも将来的には可能になるものと考えられるとしている。