物質・材料研究機構(NIMS)、産業技術総合研究所(産総研)、東京大学の3者は12月24日、透過型電子顕微鏡(TEM)内高精度ナノマニピュレーション技術を開発し、個々のカーボンナノチューブ(CNT)に対して局所的にらせん構造を変化させ、金属-半導体転移を制御することにより、CNT分子内トランジスタの作製に成功したと発表した。

同成果は、NIMS 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の湯代明主任研究員、産総研 ナノチューブ実用化研究センターのドン・N・フタバ研究チーム長、同・陳国海主任研究員、東大大学院 工学系研究科 機械工学専攻の丸山茂夫教授、同・項栄准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」にオンライン掲載された。

CNTは、すべて炭素原子で構成されたシート状物質「グラフェン」をらせん状に丸めた1次元(ひも状)物質であり、そのらせん構造(カイラリティとも呼ばれる)に依存して、CNTは金属や半導体のように振る舞うことが知られている。半導体CNTは、エネルギー効率が高いナノトランジスタの製造に有望であり、現在のシリコンを超えるマイクロプロセッサの構築につながると期待されている。

しかし、その実現のためには、個々のCNTのカイラリティを変えて電気特性(金属伝導か半導体性伝導か)を制御することが求められている。

一方、金属CNTと半導体CNTの分子接合は、ナノスケールの電子デバイスの素子として利用できることが理論的に提案されている。分子内CNT接合部における整流作用のある輸送特性が報告されているが、これは成長過程でランダムに形成された欠陥によるものだという。

また過去の実験では、塑性変形によるCNTのカイラリティ変化についての報告があるが、CNTの変形や電気的特性は制御されていなかった。そのため、個々のCNTの高精度な操作、原子分解能観察、ナノトランジスタの作製と測定を同時に実現する技術の開発が求められていた。

そこで研究チームは今回、独自の「その場TEM法」を用いて、局所的にカイラリティを変化させることでCNTの電気特性を制御し、CNT分子内トランジスタの作製および測定技術を開発することに挑むことにしたという。

今回の研究では、TEM内において独立3次元操作可能な2本の探針を備えた、特殊なホルダーである二探針ピエゾ駆動ホルダーを応用した精密ナノマニピュレーション技術が開発された。

具体的には、TEM観察下において、金属電極エッジから突出した個々のCNTを探し出し、ナノ探針を接近させて、加熱(ジュール熱)と引っ張りひずみによりCNTを塑性変形させることで、中間のホットスポットに局所的なカイラリティの変化を誘起させるというメカニズムであり、この変化を、電子回折パターンと球面収差(Cs)補正TEMにより取得した原子分解TEM像を用いて解析することで、らせん角が増大する傾向の発見に成功したという。

また、CNTを架橋したチャネル、固定電極をソース電極、1本のナノ探針をドレイン電極、もう1本のナノ探針をゲート電極としたサスペンデッド型トランジスタが配置され、CNTの電気輸送特性をTEM内で測定された。この電気的測定結果をフィードバック信号として、繰り返し行われる熱・応力の調整により金属CNTから半導体CNTへの転移制御を可能とすることで、CNT分子内トランジスタの製造に成功したという。

その結果、CNTの直径を連続的に小さくしていくと、ドレイン電流を流すのに必要なゲート電圧が大きくなり、CNTのバンドギャップがCNTの直径に反比例することが判明したという。

今回の研究では、直径約0.6nm、チャネル長約2.8nmのCNTトランジスタが作製された。実験条件は、0.5Vの駆動電圧下で、ON電流は0.74μA(電流密度は1233μA/μm、OFF電流は0.2nA、ON/OFF比は3700であったほか、サブスレッショルド・スイング(SS)は、1.33V/decで、既報のサスペンデッド型トランジスタ(チャネル長30nmの場合、SS値は4.9V/dec)よりも優れていることが確認されたとする。

研究チームによると、カイラリティが変化したCNTチャネルの長さがナノメートルスケールであることから、円周方向に加えて、軸方向にも量子力学的な閉じ込め効果が生じていると考えられるという。チャネル長約8nmのCNTトランジスタでは、ゲート電圧-ドレイン電流特性において、「ファブリ・ペロー干渉」に相当するON状態でのコンダクタンスの周期的な変動も観測されているとしているほか、室温でCNTに量子干渉が観測されたのは、カイラリティ変化を生じた短いセグメントの大きなエネルギーギャップと、共有結合したナノチューブ接合部での電子散乱が減少したことによるものだと考えられるとしている。

なお研究チームは現在、今回の研究成果に基づき、CNTのカイラリティを利用した先駆的な電子デバイスを実現するための研究を進めているとしており、今後は、実用的な原子精度の材料構造を検討し、単一分子、単一原子レベルの電子、量子機能デバイスの設計と製造を目指すとしている。

  • CNT分子内トランジスタ

    (a)CNT分子内トランジスタの模式図。(b)透過型電子顕微鏡像。(c)電流―電圧特性 (出所:産総研Webサイト)