ENEOSは、2050年までに日本がカーボンニュートラル(脱炭素化)を実現するための一環として、CO2フリー水素・合成燃料事業などの商用化を目指す研究開発を現在進めている。

同社が進める研究開発の一端を示す典型事例は、2021年8月26日に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公表したグリーンイノベーション基金事業の1つである「大規模水素サプライチェーンの構築プロジェクト」の実証事業だ。

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同プロジェクトでは、11件の研究開発テーマが設定されているが、ENEOSの提案内容が4件採択されている。

  • 予定先一覧

    グリーンイノベーション基金事業/大規模水素サプライチェーンの構築プロジェクト」に係る実施予定先一覧(出典:NEDO)

ENEOSが取り組む実証事業から、同社が目指す脱炭素社会の実現に向けた取り組みの概要が推定できるだろう。同実証事業での取り組みを、水素事業推進部 前田征児副部長に聞いた。

--2021年8月26日にNEDOが採択した実証事業で、「研究開発内容① 国際水素サプライチェーン技術の確立及び液化水素関連機器の評価基盤の整備」では、水素輸送技術などの大型化・高効率化技術開発・実証テーマを始めています。

前田氏:ENEOSが日本水素エネルギーと岩谷産業と共同で提案した「液化水素サプライチェーンの大規模実証」がグリーンイノベーション基金事業として採用されました。この3社は、2050年までに日本での水素の大量消費社会の実現に向け、液化水素を日本国内で供給する基盤づくりに着手しています。この3社の中の日本水素エネルギーは、川崎重工業の100%子会社です。

--「研究開発内容(2)水素発電技術(混焼、専焼)を実現するための技術の確立」の中でも、ENEOSは大型ガスタービンによる水素専焼テーマを担当します。その目指すものは何でしょうか。

前田氏:ENEOSでは、石油精製プロセスにおいて生じる水素や軽質な炭化水素ガスを燃料として、大型ガスタービンで発電するノウハウを持っています。カーボンニュートラルを目指すために、水素を大型ガスタービンの燃料として発電に利用するために必要な技術開発を進める計画です。

ENEOSが進めるMCH関連技術実証とは

NEDOの「研究開発内容(1) 国際水素サプライチェーン技術の確立及び液化水素関連機器の評価基盤の整備」の中で、ENEOSは「MCHサプライチェーンの大規模実証」と「直接MCH電解合成(Direct MCH)技術開発」といった2件のテーマで採択されている。

MCHは「メチルシクロヘキサン」と呼ばれる化合物で、水素とトルエンを反応させるとできる化合物。MCHは常温・常圧で液体であり、水素を効率よく安定的に貯蔵することが可能だ。

  • MCHの科学式

    MCHの科学式(提供:ENEOS)

液体のため運搬しやすく、既存の石油流通・製造設備を有効活用でき初期投資を大幅に削減可能であることから注目されている。

NEDOの事業に採択された「直接MCH電解合成技術開発」のテーマでは、MCH製造コストを低減できるDirect MCH技術を活用したMCH製造装置(電解槽)の大型化に向けた技術開発を行うという。

Direct MCHはENEOSが独自に開発し研究を進めてきた技術で、特殊な電解セルによりトルエンと水に電気を与えて、水素を介さずに直接MCHを製造することができる。通常のMCH製造工程を簡略化でき、製造設備費を約50%低減することが可能だ。

オーストラリアにおいて商用規模の5MW級の大型プラント技術の開発と実証運転に取り組む予定だとしている。

  • 「Direct MCH」技術の概要

    「Direct MCH」技術の概要(出典:ENEOS)

一方の「MCHサプライチェーンの大規模実証」ではENEOSがこれまで協業検討に合意してきたオーストラリアやマレーシアなどの現地企業と共同で、海外におけるCO2フリー水素とMCH製造プラントの建設・運用、MCHの海上輸送、ENEOSの製油所数ヵ所における既存設備を最大限活用したMCH受入・貯蔵・水素製造について、年間数万トンの商用規模の技術を実証するという。

MCHから製造したCO2フリー水素は、製油所内で脱硫(原料・製品から硫黄分を取り除くこと)などの石油製品の製造プロセスに利用することに加えて、発電所などの製油所近隣の需要家へ供給することも検討するとしている。

前田氏にMCH関連の実証事業に関しても伺った。

--MCHについてほかに取り組んでいる企業はありますか。また、実証を通して目指すものはどういったものでしょうか。

前田氏:海外のスタートアップで取り組んでいる企業などもあります。日本では、2019年3月にMCHについて先進的に取り組みを行っていた千代田化工建設、東京大学、オーストラリアのクイーンズランド工科大学とENEOSが共同でDirect MCHの原理を実証しました。その原理に基づいて実用化開発を行っているという状況です。

MCHの技術に関しては、ENEOS1社が進めても、世の中に広がらないと考えており、MCHが広がれば、同業他社にとっても有益だと思っています。

実証を通して、我々独自の知見を蓄積したいと思ってはいますが、この技術を広く使っていただくことで設備が安くなったり、流通が確保されたりするというメリットもあるので、我々自身が世の中に広めていくということをやっていきたいと思っています。

筆者注

「水素発電技術(混焼、専焼)を実現するための技術の確立」テーマでは、JERAと関西電力の2社も採択されている。JERAは、東京電力フュエル&パワー株式会社と中部電力とが50%ずつ出資した株式会社である。