慶應義塾大学(慶大)は10月13日、音楽学、神経科学、進化生物学、人類学、考古学、そして心理学からのエビデンスを統合し、個人がより大きな集団とつながることの促進という点から、音楽を作るための生物学的能力が遺伝子 - 文化共進化を経ていかに発生するかを説明する「社会的絆」仮説を提示したことを発表した。
また、ハーバード大の研究者らが発表した対照的な「信用できるシグナリング」仮説と同じ学術誌に掲載されて、109人の専門家による60の意見論文(片方あるいは両方の論文へコメント)とともに、1つのテーマとして「音楽と進化」についての特集が組まれたことも併せて発表された。
同成果は、慶大 環境情報学部のパトリック・サベジ准教授率いる、国際共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学や心理学、人工知能、哲学など、心と脳に関する学術誌「Behavioral and Brain Sciences」に掲載された。
ヒトが音楽を作って楽しめるという能力がどのように、そしてなぜ進化してきたのかについて、これまで研究者たちは何世紀にもわたって議論してきたという。かのダーウィンは、音楽を「人間に授かっている能力の中で最も不思議なものの1つ」としており、「異性を魅惑するため」という性選択を通じて進化してきたとしている。さらに、音楽は個人をより賢くしたり健全にしたりするものと主張する研究者もいれば、米・ハーバード大学の心理学者スティーブン・ピンカー教授のように音楽を進化的には無用な「聴覚のチーズケーキ」とする研究者もいる。
今回、サベジ准教授らの研究チームは、これまでの研究とはまた異なる「社会的絆」仮説を音楽性の進化についての理論として提案を行った。音楽的な特徴と、それらの至近的な神経科学的基盤および究極的な進化上の機能のつながりを示す詳細なエビデンスが展開された。
さらに、音楽、同期性、そして社会的絆の強化の因果的関係性を示す実験研究のエビデンス、人類史における音楽と社会的絆の役割を示唆する民俗学的、歴史的、考古学的なエビデンスについても概説されている。
音楽を作る生物学的能力は、発声学習などのほかの能力の進化の副産物として始まり、後に社会的絆のポジティブな効果に基づき共進化した可能性があるというシナリオをまとめるにあたり、それらのエビデンスを織り込んだとしている。
なお今回、「社会的絆」仮説が掲載されたBehavioral and Brain Sciences誌では、ハーバード大のサミュエル・メール助教率いるチームの「信用できるシグナリング」仮説も掲載され、「社会的絆」仮説と音楽の進化的起源論を戦わせたという。メール助教らは「社会的絆」仮説を批判し、「音楽は社会的つながりを直接引き起こさず、むしろ、ほかの手段によって得られている社会的絆の存在を伝達するもの」と主張。
この提案もまた音楽の社会的な力について光を当てているが、集団内の連立の強さや親子間のコミットメントのような、個人が音楽を使用して進化的に有益な内容を伝えることができる特定の文脈下での戦争歌や子守唄においてとしている。
通常は1つの対象論文につき、20~30人の専門家たちが意見を寄せるよう呼びかけられる。今回は、Behavioral and Brain Sciences誌において恐らく初めてのこととして、109人の専門家による60の意見論文(片方あるいは両方の論文へコメント)とともに、1つのテーマとして「音楽と進化」について、論じる2つの対象論文が一緒に掲載された。
意見論文の寄稿者には、グラミー賞受賞ジャズピアニストのヴィジェイ・アイヤー氏、現在および過去のSociety for Music Perception and Cognition(SMPC)の会長、哲学者、鳥の歌と鯨の歌の専門家など、多様な分野からの専門家が含まれているという。
多くの意見論文寄稿者により、両仮説の厚みと学際性についての賞賛がなされたとした。元SMPC会長のエリザベス・マーグリス教授は、サベジ准教授と共著者たちについて「異なる分野からの専門知識の統合は、今回の研究テーマの科学的探求を悩ましいものとする音楽の誤解されがちな、極度に単純化された像へ彼らが立ち向かうことを可能としている」とコメント。
そしてほかの寄稿者は、著者たちがいい立てるほど2つの提案は実際には対照的なものではなく、相互排他的というより相補的なものと言及しているという。ただし、ピンカー教授自身を含む、残りの寄稿者たちは両論文へのピンカー教授の「聴覚のチーズケーキ」仮説への反論に納得していないままだったとした。
サベジ准教授らの研究チームは、彼らの仮説への文化間、種間検証を含む将来の研究の予測に関する詳細なリストで論文を結んでいる。今回の研究が、社会をよりよいものとするための多くの応用を生み出していくことを展望しているという。