新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産業技術総合研究所(産総研)、九州大学(九大)の3者は9月10日、人工知能(AI)と分子シミュレーションを組み合わせた解析技術を開発し、液晶がナノ構造化する際に起こる新しい現象を発見したと発表した。

同成果は、産総研 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センターの高橋和義主任研究員、同・青柳岳司総括研究主幹、九大大学院 理学研究院 物理学部門の福田順一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

プラスチックや合金、加工食品などの日用品はおおむね固形物として提供されているが、その大半は液体混合物から固形物への冷却プロセスを正確に制御することで加工されており、中でも液晶や溶液、ポリマー、生体材料などは冷却プロセスの違いによって多彩な構造パターンを形成することが知られている。こうした構造パターンが機能の多様性をもたらすことから、冷却プロセスがどのように進行し、どう制御できるかを理解することが重要な課題とされている。

多くの場合、冷却プロセスはナノ構造の生成から始まり、その理論として古典核生成理論が存在するが、同理論ではナノ構造が生成する速度など、材料開発にとって重要な物理量を定量的に説明することができず、正当性が長く疑問視されてきたという。そのため、その問題解消手段として、個々の分子の運動をミクロな視点から観察し、ナノ構造の個数や増え方を実際に数えることができる分子シミュレーション技術に期待が集まっているというが、観察が難しいナノ構造も数多く存在することも分かっている。

そのため、現在ではさまざまな先進技術との組み合わせが検討されているが、分子シミュレーションだけでは詳細までわからず、未解明のままとなるという課題があった。

NEDOでは、「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(2016~2021年度)により、計算・プロセス・計測の三位一体による有機・ポリマー系機能性材料開発の高速化を目指してきており、同プロジェクトの一環として、産総研と九大が共同研究で進めてきたのが、代表的な有機・ポリマー系機能材料の1つである液晶の冷却プロセスに注目したナノ構造化を起点とする材料構造制御技術の開発である。

今回の研究では、解析技術としてAIと分子シミュレーションを組み合わせた新たな手法を開発、それを適用することで液晶がナノ構造化する際に生じる、古典核生成理論では説明できない3段階のプロセスが発見され、そのメカニズムの解明に成功したという。

今回のベースとなったのは、2019年にプロジェクトで開発された「ML-LSA(Machine Learning-aided Local Structure Analyzer)」で、分子シミュレーションから得られた3次元の分子構造を入力することで、その構造のデータ記述子が作成されるというもの。このML-LSAを用いて、液晶の冷却前後の分子構造を精度よく見分ける学習済みAIが構築されたという。

今回、同AI技術が分子シミュレーションで得られた冷却途中の構造に応用され、ナノ構造のみを抜き出すことに成功したほか、抜き出されたナノ構造の総量とX線強度の関係は実験結果とよく対応しており、今回の解析技術の正確さが保証されているという。

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    学習済みAIの作成と冷却途中の構造への応用 (出所:九大プレスリリースPDF)

具体的には、臨界核(CN)と呼ばれる最も生成しにくいナノ構造のほかに、比較的生成しやすい2種類のナノ構造(MC1およびMC2)が発見されたという。古典核生成理論ではナノ構造のサイズがCNに近づくにつれて単純に生成しにくくなっていくが、MC1とMC2はサイズの割に生成しやすくなっているという。MC1、MC2、CNの順にサイズが大きいことから、ナノ構造はCNにたどり着くまでにMC1とMC2を経由する3段階の構造化プロセスを経ていくことが明らかとなった。

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    ナノ構造サイズと生成しやすさ・しにくさの関係。なお、MC1とMC2は極小値付近に存在しており、サイズの割に生成しやすいナノ構造であることを意味している (出所:九大プレスリリースPDF)

古典核生成理論では、ナノ構造サイズがCNを超えると冷却後の構造の生成が始まるとされており、これが「核生成」とされるが、今回の研究から、超臨界核数の冷却開始から核生成が3段階に分かれて進行していること、ならびにこの3段階の核生成は、残留クラスターの数を関係していること、そして、液晶の冷却によるナノ構造化が、CNを中心とした古典核生成理論の枠組みでは説明できないプロセスを経て進行することが示されたとする。

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    (a)超臨界核数の時間変化。なお、超臨界核数は3段の階段状になっており(赤線および青破線)、核生成が3段階に分かれて進行することを示している。(b)残留クラスター数の時間変化と多段核生成のタイミングの比較。灰色、青色、赤色の領域はそれぞれ第1、第2、第3段階の核生成が起こっている時間(図横軸の時間は無次元量) (出所:九大プレスリリースPDF)

なお、今回の解析技術は物質を選ばず使用でき、またナノ構造の生成プロセスだけでなく成長や構造パターンの形成を経た固形化までを詳細に観察することが可能であるため、液晶以外にも溶液やポリマー、生体材料など、ナノ構造の生成・成長が機能デザインの鍵となるさまざまな物質に対して応用ができるとする。

また、プロジェクトとしては、実在する材料の分子構造に対するより高度な設計指針を打ち出すためのAI関連技術開発を行っていくことで、革新的な材料の開発に資する技術の構築を目指すとしているほか、今回開発された手法を幅広く適用し、ナノテクノロジーを活かした国内産業の材料開発に貢献していきたいとしている。