千葉工業大学(千葉工大)、東邦大学、福井大学の3者は9月7日、数理モデル上のシミュレーションにおいて、注意欠如・多動症(ADHD)に見られる前頭野の異常な神経活動の状態を、非線形制御により設計された感覚刺激としてフィードバックさせることで、正常な神経活動の状態に即応的に遷移させるアルゴリズムを開発したと共同で発表した。

同成果は、千葉工大 情報科学部 情報工学科の信川創准教授、東邦大 理学部情報科学科の我妻伸彦講師、兵庫県立大学 情報科学研究科の西村治彦特任教授、高知大学 教育学部 技術教育コースの道法浩孝教授、魚津神経サナトリウムの高橋哲也副院長(金沢大学 子どものこころの発達研究センター 協力研究員/福井大 医学部精神医学 客員准教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経科学を扱う学術誌「Frontiers in Computational Neuroscience」に掲載された。

ADHDは、不注意と多動・衝動性によって特徴付けられる高い罹患率を有する発達障害として知られており、患者の生活に深刻な心的・社会的影響を及ぼすことから、効果的な治療法の構築が望まれている。

その原因として、これまで前頭野や大脳基底核を含むドーパミン神経系の機能異常など、複数の神経基盤が報告されてきたが、これらの神経基盤の相互作用は複雑で、ADHDの病理メカニズムの完全解明には至っていないため、現時点での治療法としては「心理社会的治療」と「薬物治療」が中心となっている。

しかし、近年、脳波などの脳機能画像法によって得られた神経活動の情報をリアルタイムに脳にフィードバックし、長期的な神経ネットワークの変化を促すという非薬物療法「ニューロフィードバック法」が注目されるようになってきたという。

また、ADHDの神経ネットワーク特性の解明を目指した研究では現在、脳波やfMRIなどの脳生理学的指標を用いたものが行われているが、数理的な神経ネットワークモデルでADHDの神経ダイナミクスを記述し、そのシミュレーションモデルからADHDの神経基盤を解明しようとする試みも進んでいるという。そのシミュレーションモデルとしては、例えば興奮性および抑制性ニューロン集団で構築される前頭野と感覚野の神経ネットワークをモデル化し、前頭野から感覚野への神経経路の結合が弱まった場合に、前頭野の神経活動が「カオス-カオス間欠性(CCI)状態」に遷移することを示したものなどがあるが、このCCI状態は前頭野の神経活動が2つの活動状態をカオス的に遷移するものであり、このモデル「Baghdadiモデル」により生成された挙動は、実際のADHD患者における注意機能障害と高い整合性を示すことがわかっている。

今回の研究では、ADHDの前頭野の神経活動に基づき、非線形制御手法を用いて感覚刺激を設計。その刺激をフィードバックすることで、乱れた前頭野の神経活動を安定化させるアルゴリズムを開発、Baghdadiモデル上でその安定化の効果を確認することに成功したという。

  • ADHD

    ADHDの神経ダイナミクスを再現するBaghdadiモデルへの軌道領域減少法(RRO法)の適用を表したチャート (出所:共同プレスリリースPDF)

具体的には、脳波などの脳機能画像法によって計測されたと仮定される前頭野の神経活動に対し、研究チーム提案のカオス制御法「軌道領域減少法」(RRO法)を適用し、感覚刺激入力を生成。その刺激を前頭野に入力することで、「カオス共鳴」と呼ばれる時間的に不規則挙動の少ない状態に遷移させることで、正常な神経活動を実現することを確認したという。

  • ADHD

    RRO法によって実現されたカオス共鳴状態。適度なRROフィードバック強度によって、正常な神経活動(基準信号)との相関がピークとなる。つまり、ADHDの乱れた前頭野の神経ダイナミクスが正常なダイナミクスに近づくことが確認できるという (出所:共同プレスリリースPDF)

なお研究チームによると、近年、光刺激などの感覚刺激入力が注意機能を増進するという研究成果が報告されており、このような注意機能を制御し得る機器を組み合わせることで、今回の研究で提案されたニューロフィードバック法の臨床応用が期待されるとする。

また、シナプス可塑性による神経経路の増進に基づく従来のニューロフィードバック法では、注意機能の改善の効果が現れるまでに数十日程度の訓練が必要になってしまっていたが、今回の研究で提案された新しいニューロフィードバック法が実現されれば、即応性を持ったニューロフィードバックにより、ADHDにおける神経活動の乱れを正常化することが実現できると考えられるという。