熊本大学、国立病院機構呉医療センター(呉医療センター)、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)の3者は9月3日、うつ病および統合失調症患者において、脂肪酸1本で構成されるリン脂質「リゾリン脂質」の代謝異常についての調査を実施したところ、オメガ3系脂肪酸「ドコサヘキサエン酸」(DHA)を含む「リゾフォスファチジン酸」(LPA)が健常者と比較して低下していることが確認され、特にうつ病の病態に強く関与していることが示唆されたと発表した。
同成果は、呉医療センター 臨床研究部の大盛航医師(現:広島大学)、東京大学大学院 薬学系研究科 薬科学専攻 生物薬科学講座の可野邦行助教、NCNP メディカル・ゲノムセンター バイオリソース部の服部功太郎部長、呉医療センターの梶谷直人研究員(現・熊本大大学院 生命科学研究部(医)特別研究員)、呉医療センターの岡田麻美研究員、熊本大大学院 生命科学研究部 神経精神医学講座の朴秀賢准教授/副診療科長、NCNP 神経研究所 疾病研究第三部の功刀浩客員研究員(帝京大学 医学部精神神経科学講座/帝京大医学部附属病院 メンタルヘルス科教授兼任)、東大大学院 薬学系研究科 薬科学専攻 生物薬科学講座の青木淳賢教授、熊本大大学院 生命科学研究部 神経精神医学講座の竹林実教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、神経精神薬理学的薬剤を扱う学術誌「International Journal of Neuropsychopharmacology」に掲載された。
うつ病の治療薬として、「セロトニン」や「ノルアドレナリン」など、脳の神経伝達物質(モノアミン神経系)を標的とした研究開発が進められてきたが、難治例が40%近く存在するなど、すべての症例に有効な治療薬でないという。
脂肪酸が1本しかない構造のリゾリン脂質には、その構造の違いからさまざまな種類があり、そのうち脳において神経発達、炎症、神経・血管新生など、多様な機能を有するものとして「リゾフォスファチジン酸」(LPA)が知られている。LPAは、脂肪酸の種類や結合部位の違いにより、多数の分子種が存在し、それぞれ異なる機能を持つことが推測されている。また、青魚に多く含まれているオメガ3系脂肪酸「ドコサヘキサエン酸」(DHA)も、脳に多く含まれる必須脂肪酸であり、脳には、DHAを含むLPAも多く存在していることが分かっている。
研究チームはこれまでの研究から、抗うつ薬が直接作用する新しい標的分子として「LPA1受容体」を見出し、うつ病患者の脳脊髄液中のLPAを合成する酵素の働きが低下していることを報告しているが、LPAは多様な分子種が存在するため、具体的にどの分子種のLPAが低下しているかのかまではわかっていなかったという。
そこで今回の研究では、液体クロマトグラフ質量分析法を用いて、うつ病および統合失調症患者の脳脊髄液中に存在する多種類のLPA分子種の解析を実施。その結果、うつ病および統合失調症患者において、分子構造中にDHAを有する「LPA 22:6」(LPA-DHA)のみが特異的かつ有意に、健常者と比較して低下していることが確認されたという。さらに、その低下は、統合失調症の重症度(症状スケールスコア)とは相関していなかったが、いくつかのうつ病の重症度とは有意に相関していたことから、LPA-DHAの低下がうつ病の病態により強く関与していることが示唆されたという。
なお今回の研究成果について研究チームでは、今後さらに症例数を増やして確認する必要があるとしているが、LPA-DHAの成分やLPA受容体を標的とする、新しい治療薬の開発につながることが期待されるものだとしているほか、精神疾患において、DHAの低下が多く報告されていることから、薬だけに頼らない栄養療法として、LPA-DHA経路による新しい治療法の開発も期待されるとしている。