高エネルギー加速器研究機構(KEK)、理化学研究所(理研)、九州大学(九大)は8月31日、原子番号105番の超重元素「ドブニウム」の同位体である「257Db」の質量を精密に測定することに成功したと発表した。

同成果は、KEK 素粒子原子核研究所 和光原子核科学センター(WNSC)のPeter Schury助教、九州大学 庭瀬暁隆大学院生(日本学術振興会特別研究員、WNSC、理研仁科加速器科学研究センターにも所属)、WNSCセンター長の和田道治教授らを中心とした国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が発行する原子核物理をターゲットにした学術誌「Physical Review C」に掲載された。

一部の元素を除いて、原子番号92のウランまでは自然界に存在し、人工的に生み出された93番「ネプツニウム」から118番「オガネソン」までは「超ウラン元素」と総称されている。この超ウラン元素のうち、104番「ラザホージウム」以降は「超重元素」とも総称され、理研が2004年に発見した113番「ニホニウム」もそこに含まれる。

  • 超重元素

    超重元素領域の核図表(原子核の地図)。安定の島とは、陽子数もしくは中性子数のどちらか、もしくは両方が魔法数であることにより、周囲は極めて短時間の寿命の原子核しか存在しない中、長寿命の超重元素が出現すると推測されている領域のこと (出所:共同プレスリリースPDF)

超重元素は同位体の質量を精密に測定することで、原子の質量と、その構成要素である陽子・中性子・電子をそれぞれ独立に測った合計質量との差である結合エネルギーを決定することができ、超重元素が存在できる理由を調べる重要な手がかりとなると考えられている。

そうした背景を踏まえ、今回の実験は、2020年1月18日から24日にかけて、理研 仁科加速器科学研究センターのリングサイクロトロンと、反応生成物と一次ビームを分離する装置「GARIS-II」に、高速イオンを停止してイオントラップに集めるガスセル装置と質量測定をする質量分光器「MRTOF」、検出器「α-TOF」)からなる今回の研究のために開発された超重元素質量測定装置「SHE-Mass-II」を接続して実施された。

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    実験装置俯瞰図。理研の加速器施設の気体充填型反跳核分離器「GARIS-II」と、そこに設置された質量分光器「MRTOF」、検出器「α-TOF」などからなる超重元素質量測定器「SHE-Mass-II」。実験では、51Vビームを回転標的にセットされた208Pb標的に照射して257Dbを生成。GARIS-IIによって一次ビームを選り分け、257Dbなどの反応生成物がSHE-Mass-IIまで導かれる仕組み (出所:共同プレスリリースPDF)

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    量分光器MRTOFの概念図。MRTOFは多数の円環電極からなり、それぞれに精密に制御された高電圧が印加されることで電気的な「ミラー」が構成され、イオンが何回も往復できるようになっている。イオントラップに蓄積されたイオンは、「スタート」のタイミングでミラーの方へ打ち出される。それに合わせて、入射側のミラーの電位を一瞬だけ下げて、すぐに元に戻すことによって、イオンは一対のミラーの間を往復するようになる。ある適切なタイミングで出射側のミラーの電位を一瞬下げると、イオンは順次飛び出して検出器「α-TOF」に衝突。この衝突したタイミングを「ストップ」時刻として、スタートとの差が飛行時間となるのである (出所:共同プレスリリースPDF)

具体的には、リングサイクロトロンで加速したバナジウム(51V)ビームを、GARIS-II装置内に設置した鉛(208Pb)回転標的に照射し、融合反応でドブニウム同位体(257Db)を生成。ドブニウム同位体イオンをヘリウムを充填した冷凍ガスセル中で一旦停止させ、セル内に配置された高周波カーペットで捕集、イオントラップ中に数ミリ秒ほど蓄積された後、質量分光器MRTOFに打ち出され、質量測定が行われるという手順だという。

ドブニウム同位体イオン(257Db3+)と、参照の「ルビジウムイオン(85Rb+)」の飛行時間との比から質量が決定された。

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    検出器「α-TOF」。入射したイオンは衝撃板に衝突し、そのときに発生する2次電子が増幅されて飛行時間信号(TOF)が作られる。衝撃板は半導体検出器からできているため、衝突したイオンが崩壊するときに発生するα線のエネルギーとその時刻を同時に記録することが可能 (出所:共同プレスリリースPDF)

257Db3+は1日に2個しか観測されない稀な事象のため、長時間の実験となったという。その結果、6日間・延べ104時間の測定が実施され、257Dbの質量が257.10742(25)uと、百万分の一の高い相対精度で決定されたほか、結合エネルギーは、1892.1(2)MeVと導出できたとする。

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    (左)測定された飛行時間スペクトル。横軸は257Db3+イオンの飛行時間を、参照イオン(85Rb+)の飛行時間との比(ρ)として表示され、縦軸は実際の測定日時(2020年1月18日から1月24日)が示されている。丸印が観測されたイオン1個に相当。下部に示されているのは飛行時間に射影されたスペクトル。日時によって測定条件(周回数)を300回から331回まで5通りに変えて測定されている。(右)飛行時間と相関があったα線のエネルギー(横軸)と、イオン飛来からα線検出までの時間(縦軸:崩壊時間)の相関が示されている。E1からE14までの14事象のうち、赤印の11事象が257Dbおよびその娘核(253Lr、249Md、245Es)が崩壊したときの事象と判断された (出所:共同プレスリリースPDF)

なお、研究チームでは、今回の結果は極稀にしか生成できない超重元素の同位体でも精密質量測定できることを示すものであるとしているほか、原子核の付近では元素の違いによる質量差が十分大きく、1~2個の確実な事象が観測できれば、原子番号を同定するに十分な精度が得られることも示されたとしており、今後は、できるだけ多くの超重元素同位体の質量を測定し、その系統性から、それが存在できる仕組みや、核図表の中でさらに遠くにあると予言されている「安定の島」の位置の予測精度を上げることが期待されるとしている。

そのため、次のターゲットとして、より中性子の多い113番の「ニホニウム」、115番の「モスコビウム」の同位体の質量測定をするための準備を進めるとしており、これらの質量測定から、より重い超重元素の原子番号の同定につながることが期待されるとしている。