富山大学は8月18日、幼少の特定の時期に受けたストレス経験が、情動を司る神経回路の成熟変化と、成長後の不安とうつ様行動を引き起こすことを明らかにしたと発表した。

同成果は、富山大 学術研究部(医学系)解剖学・神経科学講座の中村友也助教、同・一條裕之教らの研究チームによるもの。詳細は、精神医学と神経科学を題材としたオープンアクセスジャーナル「Journal of Psychiatry and Neuroscience」に掲載された。

ヒトでは、幼少期のネグレクト(親の育児放棄)や虐待といった過度なストレスを受けると、成長後の不安やうつを惹起すると疫学的に報告されているが、その脳内機序はわかっていないことから研究チームは今回、マウスの間脳背側に位置する「外側手綱核」における幼少期から成体にかけての神経回路の変化を検討することにしたという。

この外側手綱核はストレスや嫌悪刺激といった情報を受け取ると、認知情動機能・行動に関与する「モノアミン神経回路」を調節するという役割を持った神経核として知られており、うつ患者や不安・うつの動物モデルでは、この外側手綱核の神経細胞過活動が確認されている。

そして変化の検討が行われた結果、外側手綱核が4段階を経て成熟することが示されたとした。特に、成熟の第2段階(~生後20日)において、ストレス負荷によって誘導される外側手綱核の神経細胞活動性が高いことを明らかにしたという。

成熟の第2段階(生後10~20日)の11日間、毎日繰り返して母子分離ストレスを与えられた個体の成長後に観察が行われた。すると、外側手綱核のストレス負荷刺激に反応する神経細胞活動性が亢進していることが確認されたという。さらに、その個体は成長後に不安とうつ様行動を発症したのである。

  • ストレス

    生後10~20日の繰り返しの母子分離ストレスを受けたマウスは成長後に不安・うつ様行動を起こし、外側手綱核のストレスに対する神経細胞活動性が高くなるという。画像の点線内がマウスの外側手綱核 (出所:富山大Webサイト)

ほかのストレスに関連した脳部位では変化が観察されないことから、外側手綱核の特定の細胞の変化が、行動の変容に関与することが考えられるという。また、生後1~9日あるいは生後36~45日の慢性ストレスが与えられたマウスでは、外側手綱核のストレス負荷時の活動性の亢進は見られなかったとした。

今回の研究結果は、脳が経験などによって、変化しやすい幼少の時期である「臨界期」を想起させるという。「情動に関する臨界期」には不明の点が多いため、今回の研究はそのさきがけとなるだろうとしている。ネグレクトや虐待などの経験に依存したLHbの回路可塑性に基づく行動障害を知る上で、生後10~20日の期間に母子分離を繰り返すことは有用な実験モデルであると考えられるとしている。

今回の研究結果により、外側手綱核の神経回路変化が不安とうつが発症する脳内機序の1つであると考えられ、幼少期の特定の時期の経験が外側手綱核の成熟に重要であるとが示唆されるとした。今後、外側手綱核の神経回路の構造と機能を明らかにすることで、不安とうつの新しい治療法の開発につながるとしている。今回の研究は幼少期の心と臨界期の重要性を実証的に示しており、子育てのあり方を考える基盤にもなるとしている。