北海道大学(北大)は5月11日、小腸の「パネト細胞」が分泌する自然免疫の作用因子である「αディフェンシン」が心理的ストレスによって減少し、腸内細菌叢とその代謝物が異常を来すことを明らかにしたと発表した。

同成果は、北大大学院 先端生命科学研究院の中村公則准教授、同・綾部時芳教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

うつ病は発症に心理的ストレスが強く関与し、脳の働きのバランスが崩れることで抑うつ気分や睡眠障害などを引き起こす、心と身体の症状を伴う疾患だ。現在、長引くコロナ禍の影響で、患者数が世界的に増加の一途をたどっていることが懸念されている。

そして心理的ストレスは脳だけでなく、腸内細菌叢と腸内代謝物に異常を生じさせることもこれまでの研究から報告されていたが、なぜ心理的ストレスによって腸内細菌叢の破綻が起こるのかはよくわかっていなかったという。

腸内細菌叢とその代謝物を調節することで、腸管の恒常性の維持に貢献しているのがパネト細胞だ。同細胞は細菌やコリン作動性神経、さらには食成分の刺激などに応答し、抗菌ペプチドであるαディフェンシンに富む顆粒をすばやく小腸内腔に分泌し、自然免疫および腸内細菌との共生を担当している。パネト細胞は、いわば細菌たちとの折衝役というか、監督役ともいうべき存在である。そのため、αディフェンシンに質の異常や量の低下が生じると、腸内細菌叢を破綻させることになり、さまざまな病気に関わってくるとされている。

腸内細菌たちは本来は異物であり、それが体内の免疫系によって排除されてしまわないように作用する機能の1つとして、αディフェンシンが選択的な殺菌活性によって腸内細菌叢の組成を適切にコントロールしていることを明らかにしたのが、中村准教授らの研究チームである。こうした成果を踏まえ、中村准教授らは今回、うつ病における「脳腸相関」に着目し、相沢教授らとの共同研究を実施することにしたという。

近年、腸は第2の脳として注目されるようになって。

脳と腸は部位的に離れているが、自律神経系や副腎皮質刺激ホルモン放出因子をはじめとする各種ホルモンなどを介して密接にコミュニケーションしており、この脳と腸の双方向性の関係性(脳腸相関)から、近年、腸が第2の脳として注目されるようになってきた。近年の研究からは、脳の機能に腸内細菌叢が関与していることもわかってきており、双方向であることが示されているという。

今回の研究は、心理的ストレスによって小腸のパネト細胞からのαディフェンシン分泌量が減少することで、腸内細菌叢とその代謝物の恒常性が破綻するのではないかという仮説を立てて進められた。その検証のために、うつ病モデルである「慢性社会的敗北ストレスモデルマウス」を用いて実験を実施。その結果、心理的ストレスによって、早期の段階で小腸のパネト細胞からのαディフェンシン分泌量を低下させることが示されたという。

また、腸内細菌叢の組成と腸内代謝物の詳細な解析が行われた結果、心理的ストレスによる、それらの異常も判明したとするほか、モデルマウスへのαディフェンシンの経口投与を行ったところ、腸内のαディフェンシンが増加し、腸内細菌叢と代謝物の異常が回復することも確認されたとのことで、これらの結果から、心理的ストレスで起こるαディフェンシンの低下が引き金となって腸内細菌叢が異常になり、さらには腸内代謝物の恒常性が崩れるという一連の脳腸相関が示されたこととなったという。

なお、研究チームでは、行動の変容を含めた全身的な影響については今後の検討が必要だとしているが、うつ病における腸の自然免疫(αディフェンシン)と腸内細菌叢の関係性をさらに追求していくことによって、将来的に、うつ病に対する脳腸相関という視点からの予防法や新規治療法の開発が期待されるともしている。

  • うつ病

    今回の研究成果のイメージ。心理的ストレスが腸の自然免疫に影響を与え、αディフェンシンの分泌量が低下。その結果、腸内細菌叢が異常になり、さらに腸内代謝物の恒常性が崩れるという脳腸相関が明らかとなった (出所:北大プレスリリースPDF)