広島大学の研究チームは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒトに感染する際に利用する受容体の構成タンパク質の1つである「ACE2」の発現がタバコの煙成分によって低下することや、それが芳香族炭化水容体(AHR)を介して低下すること、およびその機構と関与する化合物を明らかにしたと発表した。

同研究は、広島大学原爆放射線医科学研究所の谷本圭司准教授、同大学院医系科学研究科の坂口剛正教授、同大学院統合生命科学研究科の坊農秀雅特任教授、関西医科大学附属生命医学研究所の廣田喜一学長特命教授、松尾禎之講師らによるもの。詳細は、科学誌「Scientific Reports」に8月17日(英国時間)付で掲載された。

これまで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態に、喫煙が悪影響を与えていることが多くの疫学調査から示唆されている一方で、新型コロナ感染者に喫煙者が少ない、または、喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ないという報告が英、米、仏などの研究グループから複数報告されているという。

しかし、新型コロナウイルスの感染受容体となるACE2(アンギオテンシン転換酵素2)の発現量が、喫煙マウスやヒトで高いことを示し、喫煙者の感染リスクは高い可能性があるという報告もあり、喫煙が新型コロナウイルス感染に与える影響は明らになっていなかった。

そこで、研究グループは今回、タバコ煙成分が新型コロナウイルス感染受容体ACE2発現量に与える影響を明らかにする目的で、タバコ煙成分をヒト細胞に処理して、ACE2遺伝子発現量の変化を観察したところ、タバコ煙成分はその濃度依存的にACE2発現を抑制することを確認したとしている。

  • 示した図

    タバコ煙成分のウイルス受容体ACE2遺伝子発現抑制作用を示した図(出典:広島大学)

次に、細胞の中でどのようなことが起こっているのか明らかにするために、次世代シーケンサーを用いたRNA-seqという方法で網羅的に遺伝子発現量の変化を観察したところ、タバコ煙成分は芳香族炭化水素受容体(AHR)の活性化を通じてACE2発現を抑制している可能性が示唆され、芳香族炭化水素受容体をさまざまな方法で活性化させたり抑制したりする実験により、芳香族炭化水素受容体の活性化を通じてACE2発現量が抑制されることを発見したという。

  • 発言抑制作用

    芳香族炭化水素受容体(AHR)を活性化する化合物のウイルス受容体ACE2遺伝子発現抑制作用(出典:広島大学)

加えて、芳香族炭化水素受容体を活性化する化合物の中で、食物などに含まれるトリプトファンの代謝物や、すでに薬として使用されている胃潰瘍治療薬であるプロトンポンプ阻害薬により、ACE2発現量が一過性に抑制されることを明らかにし、これらの化合物を用いて、新型コロナウイルスが細胞に感染する(細胞に侵入する)量が抑制できることもVERO細胞を用いた細胞感染モデルで証明を行ったとしている。

  • AHR

    AHRを活性化する化合物による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染阻害作用(出典:広島大学)

  • まとめ

    今回の研究のまとめの概念図(出典:広島大学)

今回の研究で、食物(サプリメントなど)などに含まれている成分(トリプトファン代謝物)や長らくヒト臨床に用いられていて安全性が確認されている胃潰瘍治療薬などが応用できる可能性が示唆されたことから、研究グループは、今回の研究成果をもとに、安全な治療薬による新型コロナウイルス感染阻害薬(治療薬)開発に応用したいとしている。