Synspective(シンスペクティブ)と防災科学技術研究所(防災科研)は7月13日、小型合成開口レーダ衛星の災害対応への活用に向けた共同実証を開始したことを発表した。

合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar:SAR)は、マイクロ波を用いることで雲を透過して昼夜問わず地表の観測が可能な技術であり、その特性を活用し、自然災害の発災直後に被災エリアを広域的に俯瞰するためのシステムとして、これまでも衛星に搭載されて活用されてきた。

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    SARにより宇宙から地表を観測しているイメージ。マイクロ波は雲を透過するので天候に左右されず、また衛星がマイクロ波を放ってその反射波を捉えるため、昼夜問わず観測が可能だ (出所:シンスペクティブプレスキット)

しかしSARは多くの電力を必要とし、また大型アンテナも必要なため、これまでは大型衛星に搭載されることが常識だった。実際、JAXAが現在運用中の陸域観測技術衛星「だいち2号」(2014年5月打ち上げ)も2トン級の大型衛星である。

ところが2010年代の半ば頃になると技術的な課題が克服され、小型化に成功したSAR衛星が登場するようになった。現在では、従来の1/20ほどの100kg級の小型SAR衛星が運用されるようになってきた。小型SAR衛星1基の性能は従来の大型SAR衛星には及ばないが、安価であることから数多くの衛星を連携させる衛星コンステレーションを構築することで観測エリアの死角をなくすことができるのではないかと期待されている。

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    衛星コンステレーションのイメージ。同一の機能・目的の複数の衛星を1つの軌道に死角がないように投入し、また異なる軌道に同様に複数の衛星を投入することで、地球の多くの地域をカバーできるようになる。軌道を遷移させないと観測できないエリアだったとしても、最も適した位置にいる衛星で行えばよく、短時間で向かいやすい。これが1基だと、いくら観測範囲が広かったとしても、観測したいエリアによってはそこに向かうのに時間がかかってしまうことも多くなる (出所:シンスペクティブプレスキット)

また数が多いということは、世界中のどのような場所でも、短時間で観測したいエリアの上空を通過する軌道に投入できるということであり、日本でも2021年6月29日に宇宙開発戦略本部が決定した「宇宙基本計画工程表改訂に向けた重点事項」において、日本独自の小型衛星コンステレーションの構築に向けた戦略的な取り組みが行われている。

また、すでに2010年代の半ばころから、自力で小型商用衛星を開発し、すでに運用を開始している企業が複数あり、2030年ぐらいまでに数十基による衛星コンステレーションの構築を計画している企業の1社がシンスペクティブである。

同社は、政府が主導する革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」の成果を応用し、独自技術を用いて小型SAR衛星を開発。衛星コンステレーションを構築することで、広範囲・高頻度の地上観測システムの構築・運用を目指している。2020年12月には同社の小型SAR衛星初号機「StriX-α」(ストリクス・アルファ)の打ち上げに成功、2021年後半には2基目となる実証機「StriX-β」(ストリクス・ベータ)の打ち上げを予定している。2022年にはさらに2基を打ち上げて4基体制とし、最終的に2020年代後半までに30基による衛星コンステレーションを構築する計画だ。

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    シンスペクティブの100kg級小型SAR衛星「StriX」シリーズが衛星軌道上でのイメージ。翼のように左右に展開されたアンテナは、打ち上げ時には折り畳まれており、衛星軌道上で展開される (出所:シンスペクティブプレスキット)

シンスペクティブの小型SAR衛星の特徴は、文字通りSAR衛星として小型であることで、従来の約1/20となる100kg級だ。地上分解能は1~3m、観測幅は10~30kmで、「StriX-α」は高度約500kmの太陽同期軌道を巡っている。

一方の防災科研は、自然災害に対する、予測力、予防力、対応力、回復力の総合的な向上を図り、災害に強い社会の実現に向けた研究開発を行っている国立研究開発法人で、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)において、数多くの衛星データなどを即時に共有し、被害状況を解析および予測する統合的なシステム「衛星データ即時一元化・共有システム」(ワンストップシステム)の開発を進めている。

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    防災科研によって開発・整備中の「衛星データ即時一元化・共有システム」の模式図。JAXAや民間の国内の衛星だけでなく、世界各国の衛星もチャーターし、最も早いタイミングで目的のエリアを観測できる衛星を確認して即時依頼し、衛星データと解析結果を入手することで、それらを管理・活用できる仕組み (出所:防災科研Webサイト)

ワンストップシステムはJAXAや民間の地球観測衛星だけでなく、海外の地球観測衛星も災害時にチャーターし、発災直後における的確な被災エリアの観測を依頼でき、観測された衛星データを一元化して管理・活用を可能とするものとして、各省庁連携で開発が進められているところである。

今回、防災科研が有する対応力向上に関する防災情報の統合解析技術と、シンスペクティブが有する衛星データ・ソリューション技術の融合を目指し、災害対策への小型SAR衛星の活用に向けた共同実証を開始することにしたという。

その第一歩として、発災直後の被災状況把握に小型SAR衛星を効果的に活用するためのフローの確立が目指される。現在、SIPにおいて、予測情報および観測情報と、衛星軌道およびセンサ情報を用いて、発災直後に被災エリアを的確に観測するための戦略検討を支援する技術が開発中だ。そこで今回の共同実証では、新たに小型SAR衛星を加えると共に、災害時の観測戦略の検討から緊急観測の依頼、衛星データ提供までの一連のフローを確立することが目的とされたという。

また小型SAR衛星に加え、ほかの衛星や各種地理空間情報を組み合わせることで、発災後の直接的な被害データや、地震・火山による地盤・地殻変動などの発災前後のデータ比較など、災害対応に資する情報プロダクツの生成に向けた検討も行われる。具体的には、災害対応者などからのニーズを把握しながら、効果的なデータ統合手法、解析手法、可視化手法の検討が進められるとしている。

なお将来的には、小型SAR衛星コンステレーションを含む数多くの衛星を活用して、地震・火山や風水害などの各種災害に対する発災直後の迅速な被災状況把握を実現し、発災前後のデータ比較などの付加価値の高い情報プロダクツの生成を行うことで、日本のレジリエンス強化に貢献できるよう、研究開発を進めていくとしている。