国立天文台と統計数理研究所(統数研)は7月2日、ディープラーニング技術を利用して、宇宙を観測して得られたダークマターの地図に含まれるノイズを取り除く方法を開発したと発表した。
同成果は、国立天文台/統数研の白崎正人助教、東京大学の森脇可奈大学院生、千葉大学統合情報センターの大木平研究員、東大の吉田直紀教授、統数研の池田思朗教授、京都大学 基礎物理学研究所の西道啓博特定准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国の「王立天文学会誌」に掲載された。
宇宙に存在する物質のうち、我々の身体や恒星など、触れたり、何らかの電磁波で観測したりできる通常の物質はおよそ20%しか存在せず、残りは、通常物質とは重力でしか相互作用しないダークマターであると考えられている。
しかし、そのダークマターは謎の存在であり、その正体を解明するためには、まず宇宙のどこにどの程度存在するのか、つまり「ダークマターの地図」を作り上げることが重要だとされる。直接光学的に観測することは不可能だが、重力レンズ効果を利用することで、間接的にダークマターがどこにどの程度存在しているのかを推定することが可能だとされている。
さまざまな方向にある銀河の像の歪みを統計的に処理し、その方向の量を見積もることで、ダークマターの地図が得られる仕組みで、重力レンズ効果を利用して描くことから、ダークマターの地図は「レンズマップ」とも呼ばれているという。
世界中でこうした観測は行われており、国立天文台のすばる望遠鏡でも精力的な銀河サーベイ観測が2014年から実施中だ(2021年内に全観測スケジュールを終了できる見込み)。すばる望遠鏡では、超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(HSC)を用いて、広い領域を観測して多くの銀河を捉えて重力レンズ効果による歪み具合を調べ、ダークマターの地図を描き出そうとしているのである。
しかし問題となるのが、宇宙にはさまざまなノイズが存在で、ダークマターの分布は、地図中に含まれるノイズに埋没してしまっているという。特に、銀河団のように通常物質が集中している領域にはダークマターも多く、ノイズの影響を無視することが可能だが、ダークマターの密度が低い領域ではノイズの影響が大きく、観測データからだけではダークマターの情報を正しく引き出せないことが、これまでの研究から明らかとなっている。
また、ノイズの影響を小さくする解決策として、解析に使う銀河の数を増やすというシンプルな方法もあるが、現実問題として、HSCはレンズマップ作りにのみ専念することはできないため、臨機応変に観測領域の追観測をして銀河の数を増やすということは難しかった。
そこで研究チームが今回取り組むことにしたのが、ディープラーニング技術でノイズを取り除くという手法であったという。
その結果、ノイズを取り除いたダークマターの地図を作製することに成功。ノイズを取り除いたダークマターの地図を用いることで、これまで観測だけでは調べることが難しかったダークマターの低密度領域、たとえば質量が銀河団の1割程度の銀河群の調査も可能になったという。
また、レンズマップで見つけられる銀河群を詳細に調べることで、ダークマターの候補と考えられている素粒子の質量や、ダークマター同士の間に働く力に関する情報を得られる可能性もあるとしている。
今回開発されたAI技術は今後、現在HSCで実施中の銀河サーベイ観測の最終的なデータに適用し、1400平方度(およそ満月7000個分)に及ぶダークマターの詳細な地図を描き出す予定で、研究チームでは、できあがった地図をもとに、ダークマターの基本的な性質をより詳細に調べることで、ダークマターの正体にまた一歩近づくことができると期待されるとしている。