欧州宇宙機関(ESA)は2021年6月10日、次期金星探査機「エンヴィジョン(EnVision)」を2030年代初頭に打ち上げると発表した。
エンヴィジョンは、金星の内核から上層大気までに至る全体像を探査。同時期に打ち上げられる米国航空宇宙局(NASA)の金星探査機とも協力し、「地球の双子星」と呼ばれながら、なぜ金星は地獄のような環境になったのかという謎の解明に挑む。
エンヴィジョンとは?
太陽系の第2惑星である金星は、大きさや質量、内部構造や組成が地球とほぼ同じにもかかわらず、平均気温は約400℃ときわめて暑く、さらに有毒な大気と硫酸を多く含む厚い雲に覆われているなど、地球とはまったく異なる、地獄のような環境になっている。
最近の研究では、かつての金星には海があり、生命が生存できる環境だった可能性もあると考えられているが、なぜそこから地獄のような世界になったのかについては謎に包まれている。また、もし金星で起きたことが地球でも起こりうるなら、いつか地球の環境も金星のようになる可能性もあり、そのメカニズムを知ることで、地球や生命を破滅から救う手がかりが得られると期待されている。
さらに、地球型惑星の進化について知ることで、近年次々と発見されている太陽系外惑星の中から、もうひとつの地球のような惑星を見つける手がかりが得られるとも期待されている。
ESAの金星探査機エンヴィジョン(EnVision)は、まさにこうした数々の大きな謎を解き明かすことを目指している。エンヴィジョンとは英語で「想像する」、「心に思い描く」といった意味をもつ。
ESAは2005年から2014年にかけて、金星探査機「ヴィーナス・エクスプレス」を運用した実績があり、主に金星の大気に焦点を当てた一方、金星に火山が存在する可能性を示す発見も成し遂げている。エンヴィジョンはその成果を受けて開発される。
エンヴィジョンの打ち上げ時の質量は約2600kgで、大きく3つの観測機器を搭載する。
- SRS(Venus Subsurface Radar Sounder)……レーダー・サウンダー。クレーターや埋もれたクレーター、平野、溶岩流、「テッセラ」と呼ばれる断層や褶曲が複雑に入り組んでいて変化の激しい地域など、さまざまな場所の地下の層を探索し、深さと水平方向の層序関係を調べる
- VenSpec(Venus Spectroscopy Suite)……複数の分光計からなる観測機器群。地表の岩石の組成や、大気の分析、微量ガスや金星の上層雲に含まれる紫外線吸収物質を探索する
- VenSAR(Venus Synthetic Aperture Radar)……合成開口レーダー。地表のマッピングや、地形や高度の測定、表面放射などを調べる。米国航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所(JPL)が提供する
このほか、電波科学実験によって、惑星の内部構造や重力場、大気の構造や組成も調査する。
エンヴィジョンの開発が決まったことで、これから探査機と搭載機器の設計を最終的に決定する作業に入り、完了し次第、探査機の製造と試験を行う企業の選定が行われ、実際に開発が始まる。打ち上げには欧州の次世代ロケット「アリアン6」が使われる。
打ち上げは早ければ2031年の予定で、2032年と2033年にも打ち上げウィンドウがある。打ち上げから金星到着までは約15か月間の予定で、まずは長楕円軌道に入り、続いて約16か月間かけ、金星の大気を利用する「エアロブレーキ」によって軌道をほぼ真円に近い形状に近づける。最終的には高度220~540km、周期約92分の、金星をほぼ南北に回る準極軌道に入る。
エンヴィジョンは、ESAの宇宙科学プログラムである「コズミック・ヴィジョン(Cosmic Vision)」のMクラス・ミッションに基づいて開発される。Mクラスは中型ミッションの開発、運用を目的としたもので、これまでに太陽探査機「ソーラー・オービター」や宇宙望遠鏡「ユークリッド」などが選定、開発されており、エンヴィジョンが5機目となる。
今回のMクラスのミッション選定にあたっては、エンヴィジョンのほか、全天を観測し、宇宙の最初の10億年間に発生したガンマ線バーストなどを検出することを目指した「シーシアス(Theseus:Transient High-Energy Sky and Early Universe Surveyor)」も候補となっていたが、惜しくも落選となった。
また、エンヴィジョンの打ち上げとほぼ同時期にあたる2030年前後には、NASAも2機の金星探査機「ダヴィンチ・プラス(DAVINCI+)」と「ヴェリタス(VERITAS)」を打ち上げる予定で、エンヴィジョンと合わせた3機が連携することで、かつてない規模で金星を大々的に探査ができるとしている。
ESAのGunther Hasinger科学局長は「私たちの住む地球に最も近く、そして大きく異なる金星を探査する、新たな時代がやってきました。先日発表されたNASAによる2つの金星探査ミッションとともに、次の10年間においてきわめて包括的な科学プログラムを行うことになります」と語る。
また、NASAのトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)科学局長は「ESAのエキサイティングな金星探査ミッションに貢献できることに興奮しています。エンヴィジョンはNASAとESAの装置開発における強みを活かして開発されます。また、私たちが計画しているダヴィンチ・プラスとヴェリタスの探査と組み合わせることで、金星がどのように形成され、表面や大気がどのように変化してきたかを理解するための、強力で相乗的な新たなデータを得ることができます」とのコメントを寄せている。
参考文献
・ESA - ESA selects revolutionary Venus mission EnVision
・EnVision - Understanding why Earth’s closest neighbour is so different